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第一経理ニュース

随想 No.36

蝶の行方

 

 スタビライザー株式会社   代表取締役 阿部敏夫

  チョウは飛ぶ。1200キロの長距離を。1ヵ月ほど前、北海道函館市近郊の山から「アサギマダラ」と称するチョウが放され、2ヵ月後に山口県下関市で捕獲されたとのニュースが10月30日付けの日本経済新聞に掲載された。蝉は1週間しか生きられない。
 男の子にとって昆虫の王様は甲虫(かぶとむし)やクワガタなのだが女の子にとっては何と言ってもチョウだろう。
 可愛がるつもりで捕えたモノ言わぬ虫たちがアッというまもなく死んでしまうのは春から秋への子供のロマン。
 1200キロを南下したチョウは何を見、何を聞いたのだろうか。安全な廻廊があって風雨を防げた訳でもあるまいに、野鳥に襲われることもなくよくも無事でと胸が熱くなる。
 それにしても想い出すのは安西冬衛(ふゆえ)の詩。

 てふてふが一匹韃靼(だったん)海峡を渡って行った。 

 詩集「軍艦茉莉(まり)」の中から、春と称する珠玉の一行詩。蝶を謡って、これ以上の完成度をもつ文学作品は他にない。北川冬彦と親しかったこの詩人は言葉を魔法のように組み合わせるのだった。昭和の現代詩を切り拓いた代表的な一人でもある。
 ところで韃靼海峡をあらためて世界地図で確認する。それはサハリン(樺太)とロシア本土にはさまれたタタール海峡のことである。もう一つの名称は間宮海峡。三つもの呼称を持つ海峡は他にもあるのだろうか。 

 山形県米沢市と新潟県坂町を結ぶ米坂線は抒情に満ちたJR鉄道である。平行して国道113号線がはしる。自然に恵まれたこの道を明治の初期・イギリスの女性探検家イザベラ・バードは坂町から米沢を目指す。
 峠を越えて長い坂道を下ると眼を洗うような自然の美しさに出逢う。現在の飯豊(いいで)町のあたりだ。そして彼女は言う。東洋のアルカディアと。なおも歩を進めれば小松。いまの川西町である。
 川西町の小さい工場で上場企業の課長と打ち合わせをした。課長以上の会議は全て英語で行うので有名な山武ハネウェル社だ。
 その時、私はチョウの好きな課長に、この辺りには「チョウセンアカシジミ」という希少種が居ることを教えた。すると彼は昨日そのチョウを探して飯豊町を歩いたのだと言う。保護されているので勝手に捕えることはできないと注意したものである。北緯38度線近郊にしか生息できない小さなチョウである。これで彼は喜び商談は成功したのだ。
 チョウがとりもつ受注談など、はじめてのことである。そしてチョウのコレクターで有名なのは政治家の鳩山邦夫さんと教えられた。
 その前後だったろうか。当社技術部の部長が修理の件でマレーシアに出張する。海外出張が未経験の彼は5種類のチョウで美しい標本を土産に買ってきて呉れた。国内では見られないチョウに眼を凝らすと、飛びかっていただろう原野が広がるのだ。

 想像はみるみるふくらみガラス箱の標本達は一呼吸して私の胸の中から遥かな韃靼海峡をめざして飛びたつのであった。