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第一経理ニュース

随想 No.38

散歩の向うに映画館

 

スタビライザー株式会社 代表取締役 阿部 敏夫

 

 暮れの12月26日、年末の挨拶も終りに近く夕方5時過ぎに、残るは上野入谷口のお客一人になった。ホッとした場所がお茶の水駅前である。明治大学側の通りの橋から聖橋を見る。
 この風景がいい。日中はそれなりに、夕暮れともなれば橋脚がライトアップされて万世橋方向に、地下鉄丸の内線が走っていたりすると、都心屈指の光景である。神田川が、こんなに叙情溢れて見える場所は他にない。
 観光船でもあればと日頃、胸をときめかす風光明媚なスポットなのだ。

 気候は少し寒いが緊張感をもって肌に冷たい。12時を回ったばかりで上野には時間が余り過ぎる。ままよと歩くことにした。お茶の水で時間を潰すには聖橋口の丸善で本の立ち読みをするか神保町まで降りて古書店めぐりをするかである。
 覚悟をきめてニコライ堂を先ず見ることにした。何度も訪れているのだが、この建物は魅力的だ。遠景で眺める人は多いのだが、すぐそばで見上げる人は意外に少ない。

 聖橋を渡ってすぐ右に折れると孔子廟である。論語の勉強を兼ねて、ここも何度か来た場所だ。評判の悪い五代将軍綱吉が勉強好きで、善政の一つとし評価される建造物でもある。ところが、犬公方と言われた綱吉も最近風向きが少し変って見直される点が多いとのことである。昌平坂を上り目の前の神田明神に参拝する。願いごとは何もない。天野屋の甘酒を想いながら妻恋坂にでる。突っ切って湯島天神に向うのである。それにしても何ともいい名前の坂である。山手線の内側で良い名前の坂を三つあげろと言われれば迷わず「妻恋坂」をあげる。次は神楽坂、そして市ヶ谷駅そばの帯(おび)坂である。坂には、それなりの風情があって、文学作品の舞台であったり歴史の重さを支えたりしている。とりわけ帯坂は番町皿屋敷の現場と言われ妙齢のお女中が帯を引きずって走ったと伝えられている。

 さて湯島である。婦系図が解る世代にとっては何とも懐かしい。当然、境内の白梅は匂うことなくただひっそりと、そこにあった。
 男坂を下って不忍池にでる。風情のある茶屋は店仕舞いをしており残り時間が3時間以上あるのを確認しながら京成上野駅前の映画館の看板をみる。するとどうだろう上野東急でミッション・インポッシブル/ゴースト・プロトコルの上映中ではないか。早速入館する。前の客がシニアの資格提示を求められているのに私には何も言わない。これも気に喰わない。

 この映画を要約すれば、核ミサイルの発射を苦労の末阻止するために働く4人のチームの物語。CIAの下部機関、選りすぐりの4人が不可能を可能にするスパイ映画。そのトップがイーサン・ハント(トム・クルーズ)。当然CGを多用する。それでもスピード感が何とも素晴らしい。トム・クルーズはよくみている。若い時のトップガン、女優ケリー・マクギリスとの青春映画と言ってよいのではないか。ジェット戦闘機乗りの訓練を描いて蒼空のように爽やか。そのあとポール・ニューマンと競演のハスラー2、ナイトアンドデイ、そして渡辺謙と日本を舞台に西南戦争がモデルと言われる「ラストサムライ」少しずつ変化し、エンタテイメントを追求してきた。この人の作品はどれをとっても退屈しない。
 今やスパイ映画では初代ジェームズ・ボンド役のショーン・コネリーに迫ってきたのではないだろうか。確実に一つのジャンルを追求していると言ってよい。それにしてもニッと微笑む明るさは天性のものだろうか。まさにアメリカの青春スターが堅実な変貌をみせている。シリアスな役もこなせるのだと。二枚目が演技派に転向するのは難しい。それでもショーン・コネリーは当り役を犠牲にして成功した。手に汗を握りながらの映画は時間が跳んで消える。心地よい満足感を残してエンドマークと共に現実に還る。
 それぞれのトム・クルーズを思い浮かべるとき共通しているのは笑顔である。どの場面でもアメリカを代表して微笑むサービス精神を感じずにはいられない。かつてスティーブ・マックイーンがそうであった。大脱走でみせた独房での壁打ちキャッチボール。いつも野球のグローブを少年のように抱えてハリウッドのスターを表現していたのだ。

 終わってみれば上野の空は暮れなずみ程よい時間が静謐に辺りを包んでいた。