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第一経理ニュース

我が社の原点

「出会い」と「きづき」そして「はたらく」のが人生  

  


 

 

 

アイ・ケイ・ケイ 株式会社

代表取締役 伊藤 好則

 

 板橋区高島平で「愛工房」という木材乾燥装置の製造を行うアイ・ケイ・ケイさん。山の再生こそが日本の環境問題の打開策、山の再生には杉を生かすこと、とおっしゃる伊藤社長。
 伊藤社長は60歳まで電気工事業の会社を営んでいました。
 還暦を過ぎ、全く畑違いの分野に踏み出された背景には何があるのか。
 新しくなった高島平の研究所に伊藤社長をおたずねしました。

 

聞き手 : 池袋本店 平石 共子

● 60歳からがスタート

 

― 伊藤さんは、長く電気工事の会社を経営されていました。その会社は社内の非喫煙化に取り組むなどユニークな経営で知られていました。それが一見すると全く畑違いの乾燥装置の製造を手掛けられるようになった経緯からお聞かせ下さい。

 

伊藤 電気工事の仕事は私がやらなくてもやる人は大勢います。

 私が24歳を前に上京して電気屋で働く際、自分に言い聞かせたことは、これからの一年間は見習いとして仕事を教わる期間、つまり生まれてきて世の中に負担を掛け面倒をみてもらって生きる期間を25年間、その分を返すのに働く期間が25年間、いろんな事情で働きたくても働けない人の分も働く期間を10年として60歳、それでこれまでの借りはゼロになると考えました。

 60歳に近づき、これまでに蓄積した知識や技術、それに想いを生かした、働き、が出来ればいいな、と考えました。

 それに、「60歳からの働き」は、いずれ働けなくなって世の中に面倒をみてもらうことになる分だと思いました。

 

― その「働く」ことが、木材の乾燥装置だったのですか。

 

伊藤  私は以前から環境問題に関心を持っていました。30年近く前にタバコ問題の勉強会で環境問題評論家の船瀬俊介氏と出会い、一緒に活動していく中で、環境悪化の要因として、国産材が活用されないことによる森林の荒廃、特に杉に問題があること、そして杉の問題は乾燥が問題である事を知りました。

 杉は木材の中で乾燥させるのが難しいこと、杉を乾燥させるために100度、120度の高温蒸気で乾燥させるのが主流で、中には200度近い温度で乾燥させるのを売りにしている企業と出会い絶句しました。

 高温で乾燥させた木材を建物に使う、その建物で人と木が生きあっていくことは到底有り得ない、と思いました。そこで地球上の生き物が生存できる温度で稼働できる乾燥装置が出来ないか、使用する資材は、業界では全く非常識な木で出来ないかと、考えました。

 木も「いきもの」です。木の部屋で木を乾燥させると、気持ちよく水を出してくれるのでは、と思いました。杉が気持ちよく汗をかき、生きた建材として使われれば、そこに住む人間の生命力も上がる、皆が杉の良さに気付けば杉の市場価値も上がり、流通関係者ではなく、生産者自身が値段を決めることが出来るようになります。生産者が潤えば、山も手入れされ環境も良くなると考えました。

 

● 「愛工房」完成まで

 

― 開発には随分ご苦労があったのではないですか。

 

伊藤  そもそも素人の思いつきでしたが、当初木材を乾燥させるには「温度は80度が必要」・「風力は強いほど良い」・「床はコンクリートにして勾配が必要」この三つが必須条件だと教えられました。私はこれを聞いてこれまでの乾燥機はこの必須条件で制作したから乾燥しなかったのでは、と思い、逆の事を発想して制作することにしました。

 風力を強くするには機械的、設置的にも困難であり、電力量も多くなる、第一風が強かったら、私だったら汗が出にくい。

「愛工房」・人が入って体感木浴もできます。

 床をコンクリートにする根拠は、木から出るヘドロ状の液体を流すためだと聞いて驚きました。それこそ木の生命そのものではないか、と思ったからです。断熱材を何にするか悩んでいた時、目に浮かんだのは昔、新宿駅構内で目にしたホームレスの人達が生活に使っていた段ボールでした。段ボールは原料が木で、断熱性は高いが、吸湿性があり、かつ湿気を外に逃がしてくれます。これを使用したのは大成功でした。問題は風でしたが、ある朝目覚めたときふと思い浮かんだことを試したら成功しました。これは理屈や学問ではありません。また、人に教わった事でも、知識や勉強で得たことでもなく、自分でも思いもよらぬことでした。

 

● 45度に出会うまで

 

伊藤  装置が完成し、実際に木材を入れ実験を繰り返しました。

 稼働温度を50度から始め、何度か繰り返して行くうちにたどり着いたのが45度でした。それからがまた大変で、データ取りの繰り返しでした。

 試験材全ての板にデータを書き込み、紙に写してパソコンに入れました。おかげでかなりのデータを得ることが出来ました。

 

● 電気との出会いがあればこそ

 

 

伊藤  実験の最中、前から付き合いのある薬草メーカーの社長が九州から訪ねてこられ、45度で稼働している事を聞き、「この温度によく気がつきましたね、45度は薬草を乾燥させる温度で、薬草が変色しない、薬効を損なわない温度だ」と教えてくれました。

 植物を木と草に分けたのは人間で、彼らではないのですね。安全を最優先にした制御装置や使用エネルギーを最小にすることが出来たのも電気工事の知識があったればこそだと思います。そう考えると60歳までの人生は「愛工房」を開発するための仕込みの期間だったのでは、とすら思えます。

 

― 随分長い仕込みですね。これからは遡って少しその仕込み期間のことをお聞かせ下さい。経営されていた電気工事会社は、非喫煙による経済効果の検証などで話題を呼び当時マスコミ各社の取材も受けられました。

 

伊藤  私は、電気屋さんに5年間勤め、29歳を目前に独立し、電気工事会社を始めました。タバコ問題に関わったきっかけは、独立して3年目に起きた大阪の千日前デパートの火災でした。改装中に電気工事関係者のタバコの火の不始末が原因で、118名もの方が亡くなりました。

  そのとき、もしうちの会社だったら、と思うとゾッとしました。ただその頃は、私自身が喫煙していたので、何とか止めなければと、禁煙に何度も挑戦しました。何度もということは、何度も失敗したということです。

新しくなった板橋研究所の前で

 禁煙に挑戦してから5年後やっと断煙できました。それから5年後の1982年、約半数の喫煙しない社員に非喫煙手当として月額5千円を出すことにしました。この頃から高校の学卒求人を始めましたが、せっかく入社しても喫煙が原因で退社する年が続きました。そこで出会ったのがタバコ問題情報センターの渡辺文学氏です。タバコの害などについての勉強会を頻繁に行いました。

 9年後の1991年に20名ほどの社員全員非喫煙の会社が誕生しました。最後に断煙したのが義弟の専務です。その月から非喫煙手当は全員に月1万円を支給しました。残念なことに義弟は7年後肺ガンに、それから2年後、この世を去りました。

 

● 1%が気付けば全てが変わる

 

伊藤  職場における喫煙(非喫煙)の経済効果を発表して話題になったのもこの頃でした。1993年、大宮で開催された「アジア太平洋タバコ対策会議」で「人財育成と職場の禁煙効果」と題して、発表しました。求人活動で故郷の九州に行った際は、タバコ問題の講演を中学や高校で行い、一人一人が選ばれて生まれ、ここにいること、生命の大切さを訴えました。

 タバコ問題に取り組んだおかげで学んだことは、消費者が気付けば世の中変わる、ということです。それもたった1%の気付きからでも変わります。タバコを取巻く環境も20年前と現在とでは、まさに隔世の感があります。杉の良さや、生きた杉の必要性に1%の消費者が気付けば、やがて変えることができる、そう確信しています。

 

― 原発問題もそうですが、おっしゃるとおり、最近の日本は、命より経済を優先させているような気がします。

 

伊藤  私たちは子供たちに、生きた森、きれいな空気を遺すのか、それとも自然に還らない原発を遺すのかを問われています。

 非難を恐れずに言うと、今、日本で生まれてくる生命、子供たち、成人になった人達の肉体的、精神的な障害を持った人の数は、世界でもトップクラスだと思います。食べ物が原因とよく言われますが、果たしてそれだけでしょうか。私は食べ物より空気の方に大きな要因があると思います。

 食べ物は選ぶことができますが、空気は選べません。食べ物は口から入って胃や腸に行きますが、空気は直接肺に入ります。神経や脳に及ぼす影響が大きいのです。しかも呼吸により一日に体に入る空気の重量は、一日に食べる食物重量の数倍と言われています。また、化学物質過敏症の人が増えていますが、私は過敏に反応する人が正常で精神や肉体に有害な化学物質に反応しない人の方が「化学物質鈍感症」ではないかと思います。「誰でもいいから殺したかった」などという犯罪は50年前では考えられません。化学物質に侵された本人はもちろん、国民全員が被害者です。

 

― 空気と言えば、この部屋の空気はすごく清々しくて心地良さを感じます。杉の効果なんでしょうね。

 

伊藤 「愛工房」で乾燥させた杉は、色、艶、そして香りが素晴らしく酸素も生きています。そこで「香素杉(こうそすぎ)」と命名し商標登録しました。すべて「愛工房」で乾燥させた木材で、新築の家やリフォームに使用されるなど多くの需要があり生産が追い付かない状況です。

 使われている人達が、呼吸する杉の素晴らしさを皆に伝えています。皆さんは生命を護る建材を選びますか、それとも生命を損なう建材を選びますか、と聞かれ、生命を損なう建材を選ぶ、という人はいないでしょう。

 そこにあるキーワードは「生命」です。人の生命、地球の生命、木の生命です。私は出会う人、皆に言うのは、「愛工房」という乾燥装置が素晴らしいのではなく、「杉」が素晴らしいのです、と。

 

● 出会いと「きづく」を大切に

 

― これまで伊藤さんのお話をお聞きしていると、すごく出会いに恵まれていると思います。逆に伊藤さんが出会いを呼び寄せた、とも言える気がします。

 

伊藤  私は、自分が精一杯生きる上で、出会いと「きづき」を大切にしてきました。出会いには三つあります。人との出会い、物との出会い、そして物事との出会いです。

 この出会いは皆、平等にあります。肝心なのは、出会った時に何かに気付くか、気付かないか、だと思います。

 そして気付いただけではだめです。もったいない。気付いたら行動して、築くことです。人は築いてくれません。自分で「きづく」ことで人生は変わります。

 このことは、特に若い人たちに伝えたい。

 

― 最後にこれからの夢についてお聞かせ下さい。

 

伊藤  私は、本当の「はたらく」とは傍(はた)を楽にさせることだと思います。私だっていずれ動けなくなります。世の中に面倒を掛ける日がいつか来るでしょう。ましてや私たち夫婦には子供がいません。ですからその分だけ、働けるうちに「はたらく」ことが必要だと思っています。

 これから目指すことの一つとして、野菜や果物の乾燥用に開発、特許申請中で商標登録済みの「愛 Bee」を地方で安全に拘(こだわ)った作物を生産している農家に活用して頂き、その作物が安全・安心な食品を求める人たちに提供されることを計画しています。安全・安心な場所は、ニホンミツバチが教えてくれます。従って「愛Bee」の設置先はニホンミツバチが飼われている地域に限定します。

 特許が認められ、商標登録済みの「愛工房」の方は、2011年の大震災から一年経った今年3月に被災地の一つである南三陸町の木材会社に大型を2基設置しました。

 私は、装置を設置したら仕事が終わりとは思っていません。機械は設置してからが始まりだと思っています。良いものを生産してもらいその製品を売らせてもらっています。三重県の尾鷲で生産する杉板材「香素杉」の半分は当社が扱っています。使われた方からの喜びの声を聞くのが何よりの楽しみです。

 

 これからは、被災地復興の目玉として、南三陸の「香素杉」も加わります。南三陸町に「愛工房」を設置することになったいきさつは、最近出版しました「樹と人に無駄な年輪はなかった」で詳しく書きました。そして、この印税は全額、南三陸町の復興に使っていただくことにしました。 

三五館 刊

 

 60歳からがスタート、という伊藤さんのお話を伺って、まだ若い私でも勇気が湧いてきました。60歳からいいスタートが切れるよう、出会いと、きづき、を心掛けて行きたいと思います。

(文責 渡部貴広・平石共子)
(写真 古賀千尋)

 

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