• 【東京・埼玉で税理士事務所をお探しの方へ。第一経理は中小企業の皆様に、身近でかけがえのないコンサルタントとして60年超の実績があります。】

第一経理ニュース

随想

夏の思い出

 

スタビライザー株式会社 代表取締役 阿部 敏夫


 雲の割れ目をすべり落ちてきたような衝撃に胸をつかれる思いがした。敬愛する先輩の茂木益雄さんにいただいた文集「学童疎開 私達の体験」のせいである。千代田区立富士見小学校を昭和23年に卒業した生徒達の体験をつづって何とも切ない気分にさせられる。

 とりわけ特別寄稿の石川二三子先生の「今だから」はあの時代のほのかな憧れを閉じ込めてもの悲しい。

 

「兵隊さん、飛行機に乗せて下さい。」
友と私のすごい行動開始。
「飛行機に女の人を乗せることは禁じられています。乗せることはできません。」
顔を上げると兵隊さんが
「今日の夕方、あの飛行機に乗って沖縄へ帰ります。」
 工場の小さな出入口の扉が開いて、あの兵隊さんがおいでおいでの手招きをしている。
「すぐ乗って。管制塔を過ぎるまで床にうつ伏せになって動かないで。」
「ゴォッーゴォッーゴォッー」
機を揺がす轟音の中で私たち何を考えただろう。
「この事は絶対誰にも言わないように。」

 あの兵隊さんは、夕方さっきの輸送機に乗って沖縄へ還ります。
工場長が教えてくれたので飛行場で待っていた。飛行機の音が近づいた。前翼を右、左交互に上下に動かし「さよなら」の合図を示した。蒼い空の夕光(ゆうかげ)の中に機はぐんぐん吸い込まれ小さくなり点となり蒼に吸い込まれ消えた。「誰にも言うな。」の言葉は重く、戦後六十五年、堅く私の胸の中に封印されていた。
私達二人は「戦友」である。
あの頃、学徒の白マフラーは眩しい存在だった。後に聞くところで、あの兵隊さんは沖縄で戦死されたと。


その郷(さと)も その名も聞かず別れにし かの兵のマフラー白きを忘れず

 蒼(あお)空に 大きく輪を描き二旋回 翼(よく)を上下に「さよなら」の合図

 

 長い引用になったが清冽(せいれつ)な抒情(じょじょう)を今に継(つな)げて哀切きわまりなく心に染みる。

 遠ざかる記憶のなかに、いつまでも鮮度を保ちつづける茨木のり子の詩がある。

 

わたしが一番きれいだったとき
わたしが一番きれいだったとき
だれもやさしい贈物を捧げてはくれなかった
男たちは挙手の礼しか知らなくて
きれいな眼差しだけを残して皆発っていった

 

 乙女のほのかな恋心をうたい、はからずも見事な反戦詩。白いマフラーに共通する香りを感ぜずにいられない。

 どんな困難や逆境にも心を曇らせず感性を錆びつかせなかった作品がここにある。

 阿川弘之の初期の名作「雲の墓標」も又特攻隊員として落日の中に消えていった青春の文学である。

 志水辰夫には短編を集めた「男坂」があって、そのなかに名品“岬”がひときわ聳(そび)えたつ。記憶の回路がつながりにくい母が家を抜けだし岬に座って海の向こうを見ている情景がいい。終戦直前に海軍航空隊の兵士が農作業を手伝ってくれ、秋の稲刈りのときもまた来ます。と言う。引き戻された時間は一瞬で現実を映しだす。「坊や、頑張れよ」と主人公の藤男を励ましてくれた、背の高い歯並びのきれいな指揮官。

 八月十五日の蛍は痩せて飛ぶ。還る場所を忘れてしまったのだろうか。