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第一経理ニュース

随想

春色 黒目川

 

 

 スタビライザー株式会社
代表取締役 阿部 敏夫

 

 春は梅の匂いと共に忍びこんでくる。この一年有半、通勤を自動車から徒歩に切りかえた。昼休みや夜間に散歩するなら、いっそのこと歩いて会社を往復すれば歩数が稼げると思ったからだ。
 五年程前に毎日一万歩を日課にしようと考えた。動機は井上ひさしさんの「四千万歩の男」を読んだからである。
 それにしても主人公、伊能忠敬(いのうただたか)は凄い。五六歳になって蝦夷地(えぞち)を目指すなど、おもいもよらぬことである。それならと先輩に敬意を表し一千万歩を減らし三千万歩を歩くことにした。毎月三十万歩強を歩けば約八年と少しで目標を達成できる。
 記録をつけだしたのは2009年1月からである。この月は426432歩を実現した。そしてこの2月まで4年2ヶ月で二千万歩を超えた。この調子なら、あと2年と少しで目標を達成できそうだ。ピッチが上がりだしたのには理由がある。黒目川の側道を歩いて通勤するようになったからだ。
 朝霞市の膝折町三丁目の自宅から5分程で黒目川に到達する。川幅10メートルほどのこの川が何と一級河川なのである。東京都東久留米市を源流に湧水を呼び込みながら鮎の姿を見られる程の清流が心地よい。全長20数キロメートルを数えて朝霞市の新河岸川でその使命を終える。
 この川の水車を利用して銅の伸線をしていた会社が今も健在で合資会社の表札がなつかしい。
 自宅を朝8時に出て、この川沿いの小道を歩く。ついこの間までは小鷺(こさぎ)が川面の餌を狙って動かない。すれ違う年配の女性に、何と言う鳥ですかネ、とたずねられて、知らない人も居ると思いながらも、そんなことはオクビにも出さず親切に教えてあげた。

 

 業平小道 (なりひらこみち)

  寒い日には「都鳥」が見られる。

 名にし負はばいざこと問はむ都鳥
 わが思ふ人はありやなしやと

  あの在原業平(ありわらのなりひら)が伊勢物語のなかで、切なく京の想い人をうたった有名な和歌。
 隅田川河口で見た現在のユリカモメを指しているのはご承知の通り。脚の赤いこの鳥が荒川をのぼり新河岸川を経て黒目川まで来るのだった。そのせいもあって市場坂橋で左折するまで、約2500歩の名も無き側道を勝手に業平小道と名付けて楽しんでいる。早春の花は皆、パステルカラーで白梅、紅梅が競って咲きみだれ、新座第四小学校の桜は花びらが重なりあい、散る花で夜道は、まるで薄く雪のように見えるのだ。
 会社まで7000歩。そのうちの業平小道を歩くのは毎日ハイキングに行くような楽しさである。朝は川面の変化を気にしながら、深夜の帰りには微醺(びくん)を帯びての独り歩き。気になる匂いは梅から沈丁花に変り春を、ひとり占めした気分になる。
 夕方から夜への界(さかい)めでは大きな満月が対岸の樹木に届きそうな位置にある。釣り竿を伸ばせば手許にひき寄せることが出来るのかナ。
 桜が散れば散ったで桜の木には何故サクランボがならないのだろう。梅には梅の実がつくのにと考えながら毎日のハイキングは終るのである。
 それにしても季節の移りかわりは早い。白い吊り橋の「市場坂橋」は鉄のロープを牽引(けんいん)して、その白い鉄塔は先端が少し頭をたれて、小鷺のように見える。歩いて楽しいのは自分なりの光景を探すことでもある。
 出来れば目には美しいものだけを見せ、耳には妙(たえ)なる音だけを聞かせたい。それも少しは努力しなければ実現できないのだろう。だから川面をカワセミが疾風のように飛ぶのを見た日などは一日が充実しているように嬉しくなってしまう。
 明日の業平小道は何があるのだろう。