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第一経理ニュース

我が社の原点

「共存」をテーマにした 愛があふれる動物病院 


 

  

 


せじま動物病院
院長 瀬島 孟(たけし) 氏

 

 

 さいたま市浦和区にあるせじま動物病院は昭和10年に先代が開業。
 戦前、戦後の高度成長期、グローバル化の現在と獣医師を取り巻く環境が大きく変化していく中で、動物へのあふれる愛で病院を経営してきました。病院経営だけでなく人道支援にも積極的に取り組む瀬島院長に動物への思いとその取り組みをお聞きしました。

 

 

聞き手 :  動物病院プロジェクト 請園 直之

 開業は昭和10年

 

―昭和10年に開業とのことですが、当時の様子をお聞かせ下さい。

 

 瀬島  昭和10年に先代であるうちの親父が開業しました。当時、埼玉県で獣医師といえば牛や馬などの大動物を見る先生以外いませんでした。当院が埼玉で初めて小動物の病院を開業したのです。
 小動物の病院を開業したはいいけれど最初は犬や猫の患者は少なかった。うちの親父は牛や馬も診れたので、その両方を診ながら仕事をしていました。小動物の病院の需要が少ないから他の先生方もみんなやらないわけなのです。その後戦争が始まり病院は一時休業となりました。
 戦後になって事業を再開すると一つ大きく変わったことがありました。馬を軍馬として用いることが無くなったことです。
 戦前の獣医師といえばその多くが軍用馬専門医で軍人でした。軍隊への登竜門として獣医という職業が重宝されたのです。しかし戦後になって、軍人で帰ってきた人は公職追放で一切公務員になれず、軍用馬を診ていた多くの獣医師があぶれてしまい、小動物の病院を始めました。浦和近辺も一時的に動物病院が増えたのですが、馬の先生がいきなり犬・猫の先生になるのですから大変だったみたいです。小動物を診ることがやっと仕事になってきたのは私が大学生になった頃でした。

 

突然院長を引継ぐ

 

瀬島  ところが大学在学中に母が亡くなってしまい、親父はショックのあまり憔悴しきってしまい、突然「お前が好きなように勝手にやれ」と言い出しました。後を継ぐつもりで勉強してきたので、卒業まで待ってもらい病院を引き継ぐ形で院長になりました。
 引継いだ当時の病院は設備が不十分で、腕を発揮しようにもこれじゃどうしようもない。そこで病院を建て直そうということになりました。資金調達のため融資申し込みに奔走するのですが、どこも融資をしてくれない。当時、獣医師という仕事は世間的にはまだ認知度が低く、私が往診に行くと周りに人だかりができてどんな事をしているのかと見にくることもあった程です。そんな中、国金(現在の日本政策金融公庫)がどうにか貸してくれる事となり審査官と面接すると、開口一番に「獣医さんって何をやっているのですか?」と聞かれ、世間的にはまだそんな認識なのだなと思いました。
 国金の審査官に、これから時代が変わればみんな犬・猫を飼うようになるからと話しをつけ、融資が下りると病院を建て直しました。病院を立て直すと、時代が右肩上がりということも相まって業績も順調に伸びました。
 病院が軌道に乗ってきた頃は私も燃えていて、病院のチェーン展開を構想していました。浦和を本院にしてサテライトになる分院を作っていく。その当時は他で誰もやっていなかったシステムだと思います。岩槻に病院を開業してそこの院長として当院で働いていた人に任せることにしました。もともとは独立する予定だった方なのですが、これは良い機会だと思いお願いをして承諾をもらいました。
 次にチェーン展開を広げようと土地を購入したのですが、土地が調整区域にかかっていて思うようにやらせてもらえなかったのです。そのあたりから、心の持ちようが少しずつ変わっていきました。お金のために働いているのではないのに、分院を建てるためにはと目先のお金のために仕事をしてしまう。そういう心の持ちようは良くない。やはり病院は一人で運営するのが本来のあり方だと再認識し、岩槻はそっくり譲ってもう一か所は、今は私の息抜きのための隠れ家になってます(笑)。

 

獣医師とは人間と動物の共存の橋渡し

 

院内にはいろいろな記事が紹介されています。

 瀬島  私は院長としては二代目という事もあり、獣医師とはなにかをよく自問自答していました。人を診る医者はどんな時代でも対象は人ですよね。病気の種類や質はそれぞれですが。われわれ獣医師の場合は、時代の変化やペットのブームによって対象となる患者が変わってしまう。馬から牛、豚、鳥、犬、猫。はたまたエキゾチックアニマルとか。どこまでいっちゃうかというぐらい広がる。獣医というのは動物の医者であって、人間以外の動物は私たちが診るものであると思うのです。
 一方で人間と動物の「共存」の橋渡しの仕事をしているとも思っています。人間がいろいろな動物、植物など生き物と共存してこそ、人間の存在価値がある。だからその間を取り持つことは私たちの仕事の大事な部分だと思うのです。うちでやっていることは飼い主さんと犬のコミュニケーションという小さいことだけど、大きくとらえると生物全体の共存の立役者になっているとも言えるでしょう。私は獣医師という仕事が好きなのです。獣医師にしかできない仕事に誇りを持っています。

 

現在のペット事情と新たな取り組み

 

―近年ペットも高齢化がすすんでいると耳にします。高齢化するペットと飼い主はどう向き合っていくべきでしょうか。

 

瀬島  犬、猫の寿命はどんなに長くても人間の寿命の5分の1しかないのです。人間が100年生きるとして、犬猫はたかだか20年です。その動物に人間と同じ延命治療をしたりとか看護をしたりというのは私は違うと考えています。例えば、人間が抗がん剤を使って嘔吐したり、髪の毛が抜けたりすることがある。でもそれは自分のため、家族のためを思ってやるわけでしょ。動物にはそれは分からない。ただただ苦しい思いをしてしまいます。どうしても治療をして欲しいという人には高度医療を行っている病院とも提携しているので紹介しますが、私の基本方針はそういうものです。
 犬猫は飼い主の人生の中で生まれ、そして亡くなります。一生の全てを飼い主に捧げているわけですから、最後も苦しまないで幸せに亡くなるようにするのは飼い主の義務だし、飼い主が神様の役割をしていると思うのです。高齢の動物を飼っている人にはそういう話をしています。年をとって亡くなるというのは、人間も動物も同じ。最後は安らかに送ってあげることが大事なのです。ペットを飼っているご家族は子どもさんにもそれを教えてもらいたいですね。命の尊さとかあり方を学ぶ。そういう意味でも動物を飼って、子育ての中に生かして欲しいとも思っています。

 

―最近の取り組みとして東洋医学を取り入れた治療をされているとのことですが。

 

お灸を使った治療の様子

瀬島 これは免疫力を高めたり、弱ってきた神経に刺激を与えて復活させたり、自然治癒力を高める作用があります。東洋医学というのは薬ではなく、体自身がバランスを持ち直すようにいろいろやるわけです。西洋医学ではなんでも薬を用いますが、なにも使わなくても自分で自分の体を治そうという力があるのですから、それを手助けしてやろうというのが東洋医学ですね。当院では3代目となる娘の志乃先生が東洋医学を用いた治療を行っています。具体的には漢方やお灸を治療に取り入れています。効能としては便秘が改善したり食欲増進に役立ちます。難病や高齢の動物に対して無理なく、そして動物の生活を大きく変えることない方法として東洋医学による治療は当院の方針に非常にあっていると思っています。

 

 

獣医師を取り巻く環境

 

―これまで獣医師に対しての先生の思いをお聞きしてきましたが、対外活動とすると獣医師会が挙げられると思います。獣医師会ではどういった活動をするのでしょうか。

 

瀬島  過去に獣医師会の活動で大学の教育課程を6年制にしようと活動した時期がありました。獣医師に求められる分野はどんどん広がっていき、4年制の教育だと到底まかないきれない状況だったのです。このままだと世界の教育水準から猛烈に遅れてしまう。これでは世界に通用する獣医師は育たないから、6年制にして教育制度を根本から見直そうと活動していました。しかし、大会になると6年制というスローガンを掲げてはいましたが、一向に進まなかった。
 ところがあるとき、議員のバックアップを受けたこともあり6年制が通ったのです。獣医師会のほうが泡食いましたよ。通るはずがないと思っていたものが通っちゃった。ただいきなり6年制にはできないから、大学院の修士課程をのせて修士課程が終わったら、獣医師会の国家試験を受けるシステムに変えた。それを暫定的にやりながら、最終的に6年制にするということになりました。
 アメリカはもっとすごい。大学を卒業しないと獣医学校に行けないんです。だから卒業するまでに10年ぐらいかかる。アメリカの獣医師会は教育からなにからしっかり握っていて、大学教育のレベルが落ちてくるとお宅の大学の卒業生は来年獣医として認められなくなると言及したりもします。だから教育側も必死ですよ。より良い設備を投入したり、いい先生を揃えたりと大学の水準がものすごく高い。就職後の報酬もほとんど均等になるようにバランスが保たれている。報酬の安いところには獣医師を送らせないぐらいの権限を獣医師会が持っているからなんです。だからあらゆる分野で獣医師が活躍しているのです。
 日本は報酬のバランスが保たれていないから開業すると儲かるんじゃないかと思って、みんな開業してしまう。でもいくらペットブームでも犬の増えるのだって限度がありますし、このままいくと動物病院の競争・淘汰のほうが進んでしまう。もっと獣医師という仕事を価値の高いものにしていくように、まとまって活動をしていく必要があると私は思っています。

 

青年海外協力隊の支援

 

―その他の活動として青年海外協力隊の支援をされているとお聞きしましたが。

 

瀬島  国際協力機構(JICA)の活動である青年海外協力隊への支援活動を行っています。活動内容としては埼玉から派遣する隊員の壮行会と帰国後の報告会のお膳立てなどです。また、派遣先での体験談や任務の事を帰国してから日本の少年少女に話してもらったりもします。次世代を担う子供たちに勇気と希望を与える大切な活動と考えています。
 派遣先は世界各国で世間的にはあまり知られていないような国にまで行くのです。そこで地元の人と地道な交流を重ね、奉仕活動をしてくる。決して表立って目立つ様なことではないけれど、すごくいい仕事をしてるんですよ。

 

―インフラ関係が整っていない国も多いと思いますが。

 

瀬島  そうですね。交通手段もまともなものがないし、通信手段もです。最近になってやっとネット環境が整備されてきたけど、それまでは現地の環境が実際に行ってからでないと分からない状態でした。事前にこういう活動をして欲しいという要望は受けますが、こちらが考えていたことと違う事もあります。そのギャップをどう埋めて自分たちの活動に生かしていくか。苦労も多いとは思いますが、乗り越えていく事で勉強になるし、もちろん現地の人にも感謝される。苦労を乗り越えるための一人一人の思いや気持ちが大切なんだと思います。
  その他の活動としては、海外からの留学生のために弁論大会の実行委員長をやっています。日本語での弁論大会です。年に一回開催していて、今年で13回目になります。留学生に声をかけていって200人が入る位の会場で聴衆を前に日本の印象や自分の国について日本語で話してもらいます。日本についての率直な意見が聞けるので面白いですよ。

 

院長先生と娘の志乃先生

-最後に 

 私の中で「共存」という事がひとつのテーマなのだと思います。人間がいろいろな動物、植物などの生物と共存してこそ人間の存在がある。もちろん人と人との繋がりも大切です。
 大きく考えると人類全体が生き残るためにも、あらゆるものをちゃんと「共存」させるようにしないといけないのです。

 

―本日は貴重なお話ありがとうございました。

 

取材を終えて・・・

 先生のお話には人や動物への大きな愛と強い思いがあります。その思いが病院の経営方針や治療方法の根幹となっていると感じました。

 (請園 直之)