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第一経理ニュース

随想

川越ひとり歩き

 

スタビライザー株式会社
代表取締役 阿部 敏夫

  ゴールデンウィークの一日、思いたって歩くことにした。
 実は2年程まえ、自宅の朝霞市膝折町三丁目から旧川越街道を川越市に向けて歩きはじめた。江戸時代、日本橋から川越迄十三里と言われていた。
 川越名産のさつま芋にひっかけて「栗(九里)よりうまい十三里(52キロメートル)」と茶化していたのが気になっていたせいもある。
 歩きはじめるとすぐに新座市に入る。膝折の名前の由来が表示されていたり、柳瀬川を渡って松並木通りに入ると昔を歩いている実感そのままである。
 古い農家や街道沿いの家々が立派なのに感心するばかりだ。
 問題はその後に起きる。天気もいいし予定の6割程の行程を消化した。丁度昼どき、小綺麗な中華料理屋が眼に入り昼食をとることにした。喉がゴクリと鳴った。ままよとばかりに生ビールを一杯。これが敗因。満足して店を出るともう歩くのが嫌になり上福岡駅前で一休み。断念して東武東上線で目標達成を放棄して帰宅した。何とも意志が弱いのである。

 去る5月5日に歩いたのは川越市内である。乗り降り自由のバスにするか迷ったあげく徒歩で市内の好きな所を歩くことにした。もちろん独り。 
 降りたばかりの川越市駅をあとに蔵の町を目指す。それにしても観光客の多いのに驚く。この街は何度も来ているのだが少しずつ景観が整備されて心地よい。
 とりわけ駅前から蔵の町に至る仲町までは何処かに似ていると思う。細い通りはまるで鎌倉の小町通りだ。女性の多いのも同じなのだが少し違うのは年齢層だろう。何と言ってもあちらは若い。こちらの通りは失礼なのだが人生の経験豊富な女性達が多いのだ。
 それにしても蔵造りの町並みは充分に江戸時代の面影を残して優美である。じつのところこの日の本命は川越城本丸御殿なのだ。改修工事が終って内部の観覧が可能になった。
 17万石の大名御殿と言われ、松平信綱の支配よりも柳沢吉保の体制に心はたどりつく。ここまでくれば物資を運ぶ交通機関として江戸までの舟運、新河岸川を忘れることは出来ない。有名ではないが時代小説家、梅本育子に舟運を題材にした佳作があり、読む人の胸を締めつける。今も船着場跡が朝霞市や、となりの志木市にあり、郷土史のなかに、ひっそりと息づいているせいもある。荒川と平行する、この運河には京都の高瀬川と同じように、都の香りを物資と共に行き来させた。

  本丸御殿の隣には少しさびれた感じの三芳野神社がある。

  みよし野の たのむの雁もひたぶるに 君がかたにぞよると鳴くなる

  在原業平(ありわらのなりひら)が三芳野を訪れた時、地元娘の母が婿の候補者として、業平に送った和歌である。
 充分に歩いて「時の鐘」そばにくる。本日、一番の喜びが待っていた。小江戸ビールの立ち飲みである。この地ビールをグビグビと喉に流し込んでこの日のスケジュールは終る。
 男は単純なのだ。たかだか一杯のビールで幸福(しあわせ)になれるのだから。
 出発の時と同じように、まるで夏の蓋を開けてしまったような日差しに別れを告げて帰宅する。