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第一経理ニュース

随想

三宅坂慕情

 

 スタビライザー株式会社 
代表取締役 阿部 敏夫

 

 坂は美しい。五年程前、国立劇場で吉右衛門の歌舞伎公演「大老」を観た。

 井伊直弼の苦悩と桜田門外の変を描いて忘れがたい舞台となった。そのあと劇場を出てすぐ皇居を左に見ながら内堀通りを日比谷に向けて、ゆっくりと歩いた。夕映えの桜田通りが芝居疲れの眼に何とも清々しい。

 余計な看板や遮る物のない景観は都内でも有数の坂であろう。ゆっくりと歩けば皇居を巡るお堀の中でも最長の距離と面積を有するのに気が付く。そして水面からの高さが、この坂の優美さに一役買っているのも。

 多くの坂を歩いてきたが、三宅坂の、この時の美しさに勝る坂は都内では未だない。

 幾度か独りで歩いた三宅坂は慕情に包まれていた。「坂を楽しむ会」の公式行事として九月上旬の午後、二人で歩いた。新会員が八年を経て入会したのである。それも妙齢の女性である。(済みません。)

 普通なら千代田区半蔵門から下りはじめる内堀通りは、国立劇場前あたりから法務省前、桜田門まで三宅坂と言うのだが、資料によれば三河田原藩三宅家の上屋敷あとが地名の起源とされ、青山通りとの合流地点少し前から表示がある。

 当日スタートは12時、JR線、日比谷口改札に集合。まず昼食を日比谷公園の松本楼でとることにした。少し待たされてテラスでカレーライス。当然の生ビールが何とも喉に染みる。動くのがイヤになるといけないので一杯だけにする。

 最初の見どころは桜田門、しばらくの間、改修工事のため立ち入り禁止だったのが今は重厚な扉が歴史を呼び戻す。吉村昭の名作、「桜田門外ノ変」を想い出さずにはいられない。この本が出版されたのは平成二年八月、事件は今から153年前の万延元年三月三日朝、降りしきる雪の中で起きた。数年前には大沢たかお主演で映画にもなった。一入の感慨と共に坂を上りはじめる。

 濠端の道を少し歩くと歩道に銅板めいた50センチ角程の銘版が嵌め込んであり、4、6km「滋賀県 くずのはな」と記入されている。次は「福岡県 うめ」であり、やがて「高知県 やまもも」と続く。実際に注意して歩かないと見落とすことであった。すると起点は何処なのか気になって仕方がない。不意の発見とも言うべき小さな驚きが街歩きの楽しみでもある。

 車道をはさんで反対側には三宅坂小公園があり以前独り歩きのときに、ゆっくり見廻したことがある。そのまま上れば国立劇場前。

 この坂は歩道が広いので話しながら歩けば疲れることもない。それでも圧巻は桜田濠側の四月であろうか。桜花を観ながらのそぞろ歩き、千鳥ヶ淵公園で当日の行程を完了する。四季折々、今回と逆コースで下る三宅坂は胸に深い思い出を残すことになる。夕方から歩き始めた松本楼で夕食、有楽町で一杯が忘れ難いコースだろう。

 それでも第一回「坂を楽しむ会」の公式行事は江戸の景観も同じだったかと想わせ静かに幕を引いた。

 

桜田門より国会議事堂を望む