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第一経理ニュース

随想

昌平坂暮色

 

 スタビライザー株式会社
代表取締役 阿部 敏夫

 

昌平坂

 坂には小雨が似合う。特に短い坂には。この十一月中旬、午後三時にお茶の水駅前に集合した。お目当ては昌平坂。
 何せ私達の坂を楽しむ会、先ずはお茶の水橋から聖橋、空を見上げても特に素晴らしい光景とは言い難い。それもこれも天気のせいである。以前に東京有数の光景と表現したのにである。
 小雨の中を聖橋改札口に向けて歩きだす左手にあった古い喫茶店「穂高」は、とりこわされて今はない。右側が書店の丸善。その先の小さな公園のベンチから右前方に素敵な建物が見える。ニコライ堂の上方部分だ。ここが人に教えたくない絶景の穴場。真っすぐ下れば淡路坂だが本日の予定にはない。
 聖橋を渡り切ると左手の木立がセミの名所。夏には耳をつんざく程の「セミしぐれ」。この言葉も藤沢周平の名作が出て以来、使いずらくなった。何となく真似をしたように思われたくない。そう言えば奥の細道での芭蕉の句、閑(しずか)さや岩にしみ入る蝉の声、山寺立石寺でのこの句をめぐって五十年も前だったろうか油蝉かどうかの論争が有名な学者の間であった。理屈の前に何故、現地へ行って調べてみないのだろうと思っていた。

 

湯島聖堂の練壁と相生坂

 橋の下は相生坂、避けて直接湯島聖堂に入る。創建は忠臣蔵で名高い五代将軍綱吉の時である。寛政九年(1797)昌平坂学問所となり幕末まで続く。犬公方と悪評の綱吉はなかなかの学識をほこり勉強好きだったのだ。中には巨(おう)きな孔子像があり論語の勉強には必見の場所だろう。今でも続いている斯文会文化講座の案内を貰い正面の相生坂に出る。
 左に直角に折れると、ゆるやかな上り坂が50メートル程つづく。この坂が本日の目的の坂。左は昔から塀が連なり坂の中程、道路の反対側が千代田区と文京区の境目。二つの表示が何とも微笑ましい。
 昌平坂の語源は孔子の生地魯(ろ)の国の昌平郷にあったと、どの本で読んだかと気にするうちに坂は終わってしまう。坂上は本郷通り、左折すると間もなく神田明神である。入口左手が、よく時代小説に出てくる甘酒の「天野屋」。
 看板をみてしまったからには義理でも入らねばと、先ずは一休み。平日とあってすいている。例によって甘酒に舌づつみ。店内は昭和のポスターや模型品で懐かしい。
 それにしても神田明神は素晴らしい。

 一杯飲む場所は最初から旧万世橋駅のレンガ造りの店と決めていた。万世橋は風情に満ちた名橋である。今度橋めぐりをしてもいいなとふと思った。問題はそれではない。五時前のためお目当ての店は開いていないのだ。それでもやっと見つけて神田川を眺めながらの乾杯にたどりつけた。このレンガ造りは当然、東京駅と同じく辰野金吾の設計である。
 そう言えば夏の終り、やはり雨の日に知人の島田史子、林良江、中山瑞穂の皆さんが活躍する「自分結い大江戸和髪隊。」日本橋三越をかわきりに万世橋から神田明神まで日本髪に和服姿の女性六十人がシヤナリシヤナリと練り歩いたと聞く。坂は歴史を支え私達の小さな旅もアッと言う間に終ったのである。