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第一経理ニュース

随想

本の楽しみ(1)

  

スタビライザー株式会社
代表取締役 阿部 敏夫

 

 本は話しかけてくる。紙媒体の書物が、その存在意義を失わないのは文化そのものだから。電子ブックも便利なものだが文明の利器であっても文化の要素は薄い。
 誰もが忘れられない本。想い出の書物を持っていてソット頁をめくることがあるのではなかろうか。

美しい村

 

 堀辰雄のこの本を何10回となく開いたことだろう。昭和31年3月発行の初版は人文書院からの刊行である。237頁の各頁がその頃の雰囲気を薄れさせずに伝えてくれる。
 確か赤羽の古書店“紅屋”で購入したと記憶する。上京して間もなく古書店めぐりを夜の日課にしていた頃のことである。
 夜六時過ぎになると北区赤羽の袋町に住んでいた僕は付近の古書店五、六軒を毎日、あきもせず冷やかし歩いた。紅屋には欲しい初版の文芸書が沢山あって、何度も通いつめたあと、やっと目的の一冊を手に入れるのだった。今も残っているのは、この古書店だけで他はもうない。その頃、少し値の張る本には皆、古書店名のついた小さなワッペンが奥付けの辺りに貼ってあった。欲しい本が売切れていないかが当時の関心事で心に残る。
 毎日行くものだから店のご主人と親しくなり、そのたびにお茶を出してくれるようになった。新刊、古書店どちらでも店員は注文の時以外、滅多に口をきかない。
 「美しい村」はそこで手に入れた本である。ところどころに綺麗なモノクロームの写真があり「四葉の苜蓿(クローバ)」の頁には本物の四葉のクローバが押葉で挿さっていて、キット前の持主は素敵な女性だったのではないかと想像させる。それは220頁目に小さな香水紙がひっそりと香を失って目についたことにもよる。
 丸岡明が跋文を書いていて、麦わら帽子をかぶった少女や「風立ちぬ」を書いた頃の堀辰雄の心境があざやかである。

 

  「美しい村」を書いた翌年の夏の末に堀辰雄は矢野さんと婚約をし、その又翌年の十年の夏には、富士見の高原療養所に這入るそのいいなづけに一緒についていった。
 この章は昨年夏の映画「風立ちぬ」そのものである。堀越二郎と堀辰雄の文学作品とが何のとまどいもなく結びついたのは映画監督 宮崎駿 の感性そのものであったのだろう。過ぎてしまった過去が美しいままで残る文学作品を色あせず一冊の本は呈示する。
 とりわけ詩人としての業跡をあわせもつ四季派の堀辰雄や立原道造の活動は、ほのかな純粋さと共に軽井沢の風土によく馴染んで胸に迫る。それは青春期の若者を純文学へとかり立てる一つの要素にもなった。今の若者がスマホを通じてネット社会につながるのと同じように、あの時代、文学が知性や教養を代表し得たのだった。それは時代の大きなウネリの中で或る種、世界をリードする零戦を造りだしたのと同じように、方法は違っても若者の純粋さはまぎれもなく完結を予測させるものだったろう。
 宮崎監督がどうしても描きたかった青春の文学とは堀辰雄の精神性と彼を支えた婚約者、矢野綾子の死による悲恋だったのではないのか。一冊の本はこのことを想像させて僕の胸に今も生きつづける。