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ただいま努力中

「 画家を生業に」   佐々 亮暎 氏

 


[プロフィール]
1942年    愛知県生まれ
1970年    銀座中林画廊にて初個展
1979年    マルタを取材
2000年    表参道ギャラリーEMORI にて画集出版記念展

http://www1.koalanet.ne.jp/sassalyoei/

 

幼少期から絵を描く環境にあり、画家の人生がどういうものか承知の上。数年の会社員時代にも描き続けたという画家・佐々亮暎氏にお話を伺いました。

 

 

―画家を生業とした決意をお聞かせ下さい。

 

レクサス車と


僕が今、画家をやっているのは宿命づけられていたこと。絵を描くことを生業にするのは、簡単ではありません。外国にはアートプロデューサーがいて、画家を売り込むのですが、日本では画家に対する認識が異なり、より難しいのです。
生業としての画家はその時代、時代で道を見つけなければならない。いばらの道を進み、振り返るとそこに道が出来ているという開拓者精神が必要です。
現在では、トヨタのレクサス販売店へ月額制の絵画レンタルを行っています。始まりはいくつかのレクサス販売店が、絵を掛けることになった時。販売店が求めたのは、すでにそれなりの在庫があり運搬・搬入もやってくれる画家。そして、それができるのは自分しかいなかったのです。
僕はセールスマンになることを厭わない。値段交渉も、もちろん行います。画家には絵しか売るものがないのですから。

 

―画家という職業に対してのお考えはいかがですか?

 

「職業絵描き」ということです。それは、もしこういう絵が欲しいと依頼があれば、職業絵描きたるもの何でも描けなければいけない。ただし相手の言いなりではなく、要望をくみ取りつつ、自分の納得のいく作品にする。そういう技術が重要です。
作品を生み出すのは容易ではありません。特に現在はレクサスという圧倒的ブランド車に対して負けてはいけない、足を引っ張ってもいけない、絶妙なバランスが必要なのです。
画家は少し上手いくらいでは駄目、発明の世界であり同時に周りに理解者が居なければ芽も出ず花も咲かないものです。人の縁もありここまで来れた。国内の画家としては幸せだと思います。今後も発明を繰り返さなければならないと思っています。

 

近年ではHPを伝い、自ら発信している佐々氏。実際にHPを見た出版社から絵本の出版依頼もありました。近々では4月2~11日に横浜せんたあ画廊で個展を行う予定です。

(安部 杏美)