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第一経理ニュース

随想

本の楽しみ(2)

 

スタビライザー株式会社
代表取締役 阿部 敏夫

 

桜は花びらを散らすことによって春を獲得するのだろうか。文学好きにとって芥川賞・直木賞は最大の関心事である。それは早咲きであれ、遅咲きであれ開花は春そのものであるから。直近の両賞は150回を数え、文芸春秋社から全記録集が発行された。

芥川賞の第1回の受賞者は石川達三の「蒼氓(そうぼう)」である。逃した太宰治の悔しがりようは有名な話で女子大生の卒論では太宰治論がいまでも圧倒的と聞く。
この賞が新聞の社会面でとりあげられるようになったのは昭和三十年下半期の「太陽の季節」、石原慎太郎からである。学生作家の誕生であった。

忘れられないのは昭和三十六年下期受賞の「鯨神」、宇能鴻一郎(うのこういちろう)である。
その頃ぼくは未だ学生で「専修文学」の編集長をしていた。文学研究会の先輩で業界誌の記者をしている谷口利之さんに誘われて同人誌「螺旋」の創刊に参加する。
宇能は東大の国文科を卒業し博士課程の院生である。古典に熱中していたのだ。原稿を渡す時銀座で会った彼は精悍な風貌でスポーツマンの印象が強かった。幸いにも螺旋に発表の創作「光りの飢え」が、いきなり芥川賞候補になる。そして二作目の「鯨神」で受賞する。芥川賞作家一人を輩出して螺旋はその使命を創刊号で終える。
小説家の仕事は受注生産である。発注者の要望に合わせたせいか彼はその後、夕刊紙、日刊ゲンダイに官能小説を書き続ける。純文学との決別は意外に早かったのである。それでも芥川賞受賞の短編集「鯨神」には、ぼく達の螺旋に発表した作品「光りの飢え」が掲載されている。因みに現在この本の古書価は専門店で三万円である。もちろん帯付きの初版だ。発行時の定価は三百円。写真の本も当然初版である。帯付の筈だが娘が子供の頃に破ってしまった。

昨年、テレビドラマで話題をさらった「半沢直樹」は池井戸潤の原作である。
倍がえし、の言葉が流行語にもなった。
ぼくは、この人のミステリーに注目していた。約十五年前、平成十年の第44回江戸川乱歩賞は「果つる底なき」で池井戸潤が受賞する。三菱銀行(当時)出身の彼が銀行ミステリーに挑戦したのである。面白い。当然のことだ。中小企業の経営者は皆、自分が資金繰りも心配しているのだから。
乱歩賞はミステリー好きにとって欠かせない。推理の完成度が高いのだ。それに取材が綿密である。知らない業界の事がよく解る。十二年後の平成二十三年上半期第145回直木賞は、この人の「下町ロケット」を選ぶ。つい先頃、文庫本にもなった。ぼくが密かに期待していた葉室麟の「恋しぐれ」は受賞を逃がす。
この時期乱歩賞受賞者が直木賞をとることが多かった。
以前、文学界をはじめとする純文学系の雑誌をよく読んでいた頃は芥川賞を当てる事が出来たのだがさいきんは殆ど当たらない。それでも七十五才の黒田夏子「abさんご」は池袋の書店リブロで立ち読みをして、これだと思った。それは「早稲田文学」5号に掲載されていた横書きの小説である。大出版社以外からの候補、受賞で嬉しかったものだ。立ち読みも捨てたものでもない。
因みに乱歩賞の賞金は一千万円。