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第一経理ニュース

60周年記念企画

50年企業の秘訣

本社ビル内にある「鍵の博物」にて      (右が堀社長)

 

 

 

 

 

合資会社 堀商店
社長   堀 英一郎

 

 

JR新橋駅近くの外堀通り沿いに、一際目を引くスクラッチタイル張りの重厚なビルがあります。現在日本に流通する錠前の基礎を作った堀商店の本社ビル(昭和7年建造)です。1890年(明治23年)に創業し、今年で124年目を迎える超老舗企業です。4代目の堀社長に伺いました。


聞き手:代表 齋藤 正広


♣ 建材輸入企業として創業

 

齋藤 これまでの沿革についてお聞かせください。

明治23年に私の曽祖父が創業しました。当時は欧米の最新の錠前、洗面所のタイルや便器、暖炉、金物類の輸入販売をしていました。それを見よう見まねでコピーし、大正時代には「HORI」ブランドとして自社のオリジナル製品の製造を開始しました。

齋藤 当時は同業他社も多かったのですか?

当時からそのような輸入製品を扱う企業も多くあったと聞いています。昭和に入りピッキングに強いシリンダー錠やレバータンブラー錠の特許を取得し、その頃にはかなりオリジナルの錠の製造にシフトしていましたが、国会議事堂にはロートアイアンのグリルが採用されました。

齋藤 どのような客層だったのですか?

皇族、国、省庁、ホテル、学校や銀行が中心でした。現在ではテーマパークの錠も作っています。

 

♣ 戦後の飛躍、現代錠前の確立

 

齋藤 会社の転換期を教えてください。

戦後になると私の父の時代になっていくわけですが、そこから会社が変わっていきます。英語が堪能だった父は東京オリンピックに向けて建造されるホテルの錠を開発するため、1950年代に世界を一周し海外の錠を見て回りました。その経験をもとに現在流通する錠前を開発しました。

齋藤 業界のパイオニア的存在だったのですね。

父の作った錠は技術だけではなくデザインまでも現在まで使われています。やはり欧米の鍵は当時から発達しており、英語の資料を読むことができた父はその技術を身につけ、高度経済成長期に多様なニーズがあった錠前を次々開発していきました。コストが安く防犯性が高いということで、当時の公団住宅に採用されたドアの内側に外付けする錠も父が考案したものです。

齋藤 特許などは取られなかったのですか?

父はもう真似されてもいいと…一応特許の申請はするけど権利化はあまりしませんでした。俺が一番初めに作ったということを知らしめたかったのかもしれません(笑)

 

♣ 堅牢に生きる

 

齋藤 堀社長の夢をお聞かせください。

夢…今後どう生き残っていくか(笑)今外注さんの高齢化が進んでおり、なんとかしなければいけない状況です。これからもお客様に「本当に良い物」を提供することによって、豊かで安全な社会をつくることに貢献していきたいと思っています。

(柳原 康太)

インタビューを終えて

「安全性が高く堅牢なこと」、「質感のある重厚なデザイン」、堀商店が一貫して守り続けている製品開発の理念です。東京大空襲から奇跡的に残った本社ビルを現在も使い続けているのもその表れなのでしょう。社長自らデザインしたという新商品の錠前は、本当に美しいものでした。創業当時からの「こだわり」は現在においても十分に通じるものだと感じました。      (齋藤 正広)