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第一経理ニュース

随想

本の楽しみ(3)

 

スタビライザー株式会社
代表取締役 阿部 敏夫

 

 小説は必ず時代を映し出す。そして過ぎゆく歳月と共に記憶の片隅から音もなく消えていく。遠ざかる青春のように。
 エンターテイメント系の小説を二度読むことなど滅多にないのだが北方謙三と藤沢周平は別である。
 ハードボイルドの中から北方謙三の「肉迫」。新刊が出るたびに必ず初版で読んできた。昭和62年1月。角川書店の刊行。

 登場人物は少ない。何よりも一人ひとりの個性が鮮明だ。セリフが虚無感に満ちている。ハードボイルドが生きるのは男のセリフである。国産の小説でこれだけ会話で読ませる小説は純文学でも、そうは無い。
 とりようによっては気障とも言える。少ない語彙で余韻を残す。まるで演劇やドラマの脚本のように。
 静かな男が決闘の場面で少しもたじろがず勝利をおさめる。それは、まるでアランラッドの「シェーン」を観ているようだ。登場人物の性格が言葉一つで浮き出てくるのである。必ず出てくるのが酒場のシーン。ヘミングウェイを彷彿(ほうふつ)とさせてカクテルを飲む。ミントの利いた「モヒート」の場面が秀逸。ぼくも未だ若い。かつて、この本を読み友人を誘ってバーに行った。お茶の水の山の上ホテルである。感無量の思いでモヒートを経験する。若干の期間をおいて行ったのは上野不忍池のそばの眺めのいいホテル。
 知り合いの詩人が出版記念会を開いた場所だ。あのバーならと訪れてみれば、ドンピシャのモヒートにありつけた。すぐれた小説はかくも人を疾(はし)らせる。


 懐かしさを、いつまでも失わない画集がある。それは50年も前に手に入れたスキラ版、デュフイの画集である。新刊が見つからなくて馴染(なじ)みの古書店、北区赤羽の「紅屋書店」で入手した。
 何度かの引越しで表紙が少し傷んではいるのだがビュッフェの次に好きになった画家である。若い頃、後期印象派のモネと並んで、イヤそれ以上に夢中になった色彩の魔術師である。丁度渋谷の文化村で「デュフイ展」を開催中である。久方ぶりに心豊かな展覧会にゆっくりとひたれた。誰でもが識(し)っているシャガールのようだと言えば解り易いだろうか。なかでも当時の詩人アポリネールの詩集に挿画を描いていたのはこの展示の収穫の一つである。
 スイスのこの画集は鮮明な色彩でロマンを紡ぎだし半世紀にわたって、心に棲みついたままなのだ。小さな画集の印刷と違って、かがやくばかりの原画は一瞬のうちにぼくを青春時代に連れ戻すのだった。
 何の脈絡もないと思えた二冊の本はかすかに昭和の香りを馥郁(ふくいく)と漂わせて共通の時代感覚に包まれている。

AMPHITRITE 表紙