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第一経理ニュース

我が社の原点

旅は文化  ~旅を通じてよりよい社会づくりに貢献したい~

 

 

 

 

株式会社 富士国際旅行社
代表取締役 太田 正一 氏

 

 新宿区新宿2丁目。新宿御苑のほど近くに富士国際旅行社はあります。
 1964年に創業、「Peace Green Humanity」を経営理念に掲げ、平和、環境、福祉などテーマ性のある旅づくりを続け、今年50周年を迎えます。他にはない取り組みをしている富士国際旅行社。その4代目社長、太田正一氏にお話を伺いました。

 

 

池袋事務所 岩渕 佐知子

 

平和を強く願う創業精神

 

―特徴ある理念をお持ちですが、創業当初からですか。そのきっかけなどをお聞かせください

 

 創業は1964年10月、海外旅行が自由化された年に設立されました。創業者の柳澤恭雄(やなぎさわやすお)は戦前NHKの報道副部長を務めた人で、終戦時玉音放送を流すという役割を担いました。当時、戦争を終わらせたくない近衛師団に乗り込まれ、放送を阻止しようと銃を突きつけられる中で、それでも玉音放送を死守したという人物です。
 戦中、国民には正しい情報が伝わっていなかった。その結果、あの悲惨な戦争が起きた。海外旅行の自由化と時を同じくして創業されたわが社の精神には「これからは国民が自分の目で見て、真実を知ることが大切」という柳澤の平和に対する願いが込められています。

 

旅を通じての民間外交

 

―「平和」が御社の理念の原点なのですね

 

 どんなにインターネットが普及しても、現地に行って気づくことがたくさんあります。民間外交という言葉がありますが、国レベルではなかなか解決できないこともふつうの市民同士だと分かり合えることがあるのです。例えば北朝鮮の人や中国の人にも、日本に対して好意的な人はたくさんいるわけで、でも本やテレビではそのような面は報道されない。現地に行って、民間レベルで友好な関係を積み上げることもできるのです。
 うちは海外旅行が自由化されて、中国と契約を結んだ第1号です。これまで築いてきた関係を大切にし、微力ながら平和な社会づくりに貢献したいと思っています。

 

経営危機からの経営理念確立

 

―創業から50年間、ぶれずに取り組んでいるのはすごいことですね

 

 50年の間には経営危機もありました。二代目社長松村に代替わりし、東京、大阪、名古屋に支店を設置し、事業を拡大しました。しかし、1980年のオイルショックをきっかけに大阪、名古屋支店を閉鎖、40人いた社員を13人に縮小せざるを得ない状態に陥りました。
 その頃は今のような経営理念もなく、社員の気持ちを統一することが難しくなっていたのだと思います。
 1990年には市原芳夫が三代目社長に就任したのですが、意見の対立等で6人の退職者を出してしまった。口下手なところがあり、経営者としての思いを正しく伝えられなかった面があったと思います。
 これらの経験から、富士国際は何を大切にする会社なのかをきちんと形にしようという取り組みが始まります。市原と幹部社員が一緒になって、中小企業家同友会さんの指導を受けながら、現在の経営理念を創りました。私たちは何のために旅行業をやっているのかを考えたときに、「旅行業務を通じて平和で民主的な社会の発展に寄与する」という理念を、具体的にわかりやすくしたかったのです。
 その結果、ピース・グリーン・ヒューマニティ、平和・自然環境・人権というキーワードが浮かび上がりました。作り上げるまでには相当の議論を重ね大変だったのですが、その苦労が今に生きています。

 

安価すぎるツアーへの警鐘

 

―特徴ある経営理念はそうして生まれたのですね。一方で、大手旅行会社を中心に安価な旅行プランも増えていますが、いかがお考えですか

 

 正直、危機感を抱いています。日本の格安プランは大人数で行って、地元の人とふれ合うこともなく、観光地を回って、お土産を買って帰るというタイプのものが多いですよね。
 例えば中国や韓国に安いツアーで行ったときに、現地のガイドさんの給料は安く、お土産屋さんからのマージンで成り立っていたりします。また沖縄に29,800円で行ったとき、この値段ではおいしい食事など出せません。初めて沖縄に行った人は「まずかった」という思いで帰ってきます。
 せっかく旅行に行きながら、現地を知るどころか誤解をして帰ってくる。こんなに悲しいことはありません。よいものを安く提供できることが理想でしょうけれど、安価すぎるツアーには危機感を感じています。

 

旅行会社の種別、消費者目線でも確認を

 

 また、別の意味で危惧しているのは、旅行業法を逸脱したツアーが散見されることです。
 日本の旅行会社には第一種から第三種まであり、二種以下は扱える募集型旅行に制限があります。第二種では海外ツアーは扱えませんし、第三種では近隣地域を除き募集ツアーは扱えません。ところが最近は、その基準を逸脱した旅行パンフレットを見受けることがあります。
 見分け方は、パンフレットに記載されている登録番号です。
 第一種ならば国の登録なので「観光庁長官登録旅行業」第○号と記載されています。ちなみにうちは第一種の84号なのですが、そのためには自己資本基準等、万が一の際に手厚いフォローができるように、それなりの条件をクリアすることが求められます。二種、三種は各都道府県の登録なので、「東京都知事登録旅行業第2(3)種」第○号等と記載されています。
 安心・安全な旅をする上で、旅行会社の選別は大切です。消費者の立場で確認されることをお勧めします。

 

現地の人こそ宝

 

―とても参考になりました。安心・安全な旅とありましたが、旅づくりをする上で大切にしていることなどお聞かせください

 

 旅の醍醐味は現地の人とふれ合うことだと思っています。なので、あまり大人数になりすぎず、人と人が交流できるような規模で、安心・安全というところを大切にしています。また、いわゆる観光地はなるべく行程に入れないようにしています。観光地化された場所は大手資本が入っていることも多く、それでは現地の人は潤わないんですね。
 ならば、たとえば修学旅行なら、沖縄に兼箇段(かねかだん)という小さな部落があるのですが、そこに学生さんを連れて行きます。村の人々の神聖な広場にゴザを敷いて灯りをともして、伝統芸能をみせてもらったり、お返しに高校生が出し物をしたり、そんなのがいい。それが地域の人たちの毎年のイベントになって、おじぃ、おばぁが喜ぶ、地域が元気になる。
 旅を通じて、うちだけじゃなくお客様も、地域社会も発展する、旅とはそういう役割があると思っているので、そのあたりのことを大切にしています。

 

修学旅行を通じて

 

―現地の人との絆が、旅づくりの根本なのですね。社長さん自身、お仕事を通じて心に残るエピソードなどありますか

 

 私の経験で言うと、修学旅行でしょうか。こんな小さな会社ですが、ある私立高校の修学旅行を任せてもらい、事前学習会の講師まで依頼していただきました。その高校は旅行前に学習会を実施し、旅行後には「行ってみて何を思ったか」を話し合う場をもっています。押し付けるものではなく、自分で答えを出していくのです。 
 旅行の行程についてもいろいろ提案した中で、ハンセン病の施設でお話を聞く、という企画がありました。後日参加した生徒さんから「旅行を通じて、医学の道に進む決心をしました」とお手紙を頂戴したときには、うれしかったですね。
 旅の経験を通じて、その人の人生にいい意味で影響を与えられる、その地域が元気になる、そんな経験をすると「ああ、この仕事をやっていてよかった」と心から思います。

 

旅のがっこう

 

―事前学習会は、修学旅行に限らず行っているのですか

 

 そうですね。「旅のがっこう」という学習会を週1回程度のペースで行っています。旅のテーマに沿って、平和の問題やエネルギーの問題、イタリア料理の講座など内容は様々です。旅行に行けなくても、学習会だけ参加してくださる方もいます。ここ3年くらい特に力を入れている取り組みです。
 もともと1996年に現在の事務所に引っ越した際、先代社長の市原が3つの方針を打ち出したのです。その一つ目が事務所の活用、30人ほど収容できるスペースをお客様のために使う、というもので、旅のがっこうはその一環でもあるのです。
 方針の二つ目は「いい旅いい仲間」というお客様向けの新聞を発行すること、年3回ペースで発行し、現在55号になります。お客様との双方向の交流に役立っていると感じています。
 三つ目は、今では当たり前ですけれどインターネットに力を入れる、というもので、今もこの方針は変わりません。私の代になって新しく始めたというより、先代のやってきたことを踏襲しながら、発展させていきたいと思っています。

 

突然の事業承継

 

―社長就任直後に市原前社長が急逝され、大変なご苦労だったと思いますが

 

 私は1993年に入社して以来、営業一筋でした。2009年に取締役に就任し、市原の体調不良もあり2012年4月に代表取締役を引き継ぎました。これから「社長業とは何ぞや」の指導を受けようと思っていた矢先、就任四日後に市原が亡くなってしまったのです。
 何もわからない状態でしたが、第一経理さんはじめ関係団体の方々にいろいろ助けていただき、そして何より幹部、社員の支えがあり、何とか乗り切ることができました。お客様にも応援していただき、感謝の言葉がありません。
 この二年間よく覚えていないくらいなのですが、社長になって中小企業の社長というのは大変だなと、ようやくわかりました。自分の中でどうやったらいいのかとか、何が正しいのかとか、これは日々悩むし、これからも悩んでいくと思います。

 

50年の歴史から学ぶ

 

 しかしそこは創業50年という歴史に救われていると感じます。お客様、地域の方々との関係はもちろん、歴史が長いということはいいことも悪いことも含めて、過去から学ぶことがすごくあります。
 まずは先代が作ってくれたベースをよく学び、経営理念に沿った形で判断していく力を持ちたいと思っています。その意味で、先代が苦労されてきたことが、今になって生きていると思います。市原には、とても感謝しています。私の使命は次の世代を育て、引き継いでいくこと。それまでもう少し、頑張ります。

 

求める社員像は「生き方がはっきりしている人」

 

―次世代のお話が出ましたが、太田社長が求める社員像とは

 

 一言でいうと「生き方がはっきりしている人」です。
 旅行業の仕事は、楽ではありません。担当者は、企画から手配、添乗まで一人で行います。その上で、お客様と共鳴し、理念に沿った企画を立てることが求められます。そのためには、自ら学び続けることが必須で、それは就業時間内で納まるものではありません。新聞を読み、本を読み、そこから自分の専門性「自分はこれがやりたい」というものを見つけていく。私なら沖縄という得意分野です。
 新聞を読むにしてもお客様の運動のイベントに参加するにしても、やらされる感覚では、お互いに不幸です。自らの意思で社会に関わっていく、その思いがはっきりしているなら、お客様が、地域の方が協力してくれます。その共鳴こそがこの仕事の醍醐味なのです。
 生き方がはっきりしていれば、変な言い方ですが、その生き方、考えが会社と合わなかったとしても、きっとその人は他で生きていけます。
 社員には、苦労した中で次につながっているのだと思えるように、力をつけてもらいたい。うちはいいお客様がたくさんいるし、協力者の人達もいるので、その中で一緒に訓練をすれば、身につくと思うのです。

 

これからの富士国際

 

―今後の展開についてお聞かせください

 

 「いい旅いい仲間」に、毎年掲げる表題があるのですが、今年は「旅は文化」という表題を入れています。今年50年を迎える中で、旅は文化、のスローガンのもと、富士国際にできること、求められていることは何なのかを考え、発信していきたいと思っています。
 今後のことでいうと2020年に東京オリンピックが開催されます。海外から日本を訪れた人たちに、本当の日本を知ってもらう、富士国際ならではのインバウンドツアーを手がけたいと思っています。それから、障がいを持った方や高齢の方にも旅の楽しさ、素晴らしさを知ってもらえるように、ユニバーサルツアーの企画を、今後10年かけて軌道に乗せたいです。
 これからも、50年の歴史を大切にしながら、より発展させる気持ちで取り組んでいきます。

会議室にて、幹部、社員の皆様と

 

取材を終えて

 

 「求める社員像は、生き方がはっきりしている人」との言葉が印象に残りました。明確な経営理念のもと、太田社長はじめ富士国際の皆様の「はっきりした生き方」が共感を生み、お客様や現地を大切にする思いが、強い信頼につながっていると感じました。50周年、100周年と今後の富士国際旅行社さんの取り組みが楽しみです。