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第一経理ニュース

60周年記念企画 

50年企業の秘訣

中村社長(中央)、沼尻会長(右)

 

 

 

富士インキ製造株式会社

会 長 沼尻 武志   氏
社 長 中村 弘樹 氏

 

 

 今回ご紹介するのは埼玉県比企郡滑川町に工場を構える創業62年の富士インキ製造株式会社です。製袋・軽包装用のインキに特化しこの分野で独自の地位を築いています。沼尻会長(6代目社長)と中村社長にお話を伺いました。

 

(聞き手)代表 齋藤 正広

 創業期

  

齋藤 これまでの会社の沿革をお聞かせください。

沼尻 1952年(昭和27年)に東京・千駄木で創業しました。その後、埼玉の朝霞に移り、現在の東松山工業団地に移ってきたのが1977年(昭和52年)のことです。インキは独特の臭いを発するので、工業団地では端のほうの立地に追いやられました。(笑)

齋藤 どのようなインキを製造しているのですか。

沼尻 創業時から紙や工業用のインキを作っていました。米や小麦用など、重たい物に耐えられる重袋用のインキや、デパートなどで使用される角底になっている紙袋用のインキなどが中心です。

中村 製品はほとんど自社開発です。当初は油性がメインでしたが、環境に配慮し現在では水性が9割弱を占めています。塩素を使わずにダイオキシンの発生を抑えるインキも開発しました。

 

 多品種・小ロット生産、職人の技

  

齋藤 会社の強みを教えてください。

中村 やはり多品種・小ロットのオーダーメイド生産です。大手メーカーはトン単位での受注が中心ですが、弊社はそれよりも少ない受注から行っています。例えば、新年にデパートが福袋に使うインキなども、そのためだけに製造して納めます。また、インキというのは紙や印刷機によっても色が変わりますし、水や気温などにも左右されるものなので、それぞれに合わせた調合をします。ですから、同じ色でも季節によって調合を変えたりしています。現在調合師は5人いますが、一から作れる職人になるまでに10年はかかります。

 

 経営危機からの脱却

  

齋藤 62年という長い間にはどのような経営危機がありましたか。

中村 やはりリーマンショックの際には売上が大きく落ち込みました。また、同じ頃に仕入先の工場が爆発事故を起こし材料が入ってこなかった時も大変でした。これらの危機をきっかけに毎月幹部との経営会議を行うようにしました。みんなで情報を共有し、みんなで考えることで、現場との距離が大きく縮まりました。

齋藤 最後に社長の今後の夢を教えてください。

中村 人にこだわってどの部門でもPDCAサイクルが回る組織を作っていきたいと思います。そして小ロット・多品種という今の強みに加え、短納期・地方対応という目標を達成したいと思います。

(柳原 康太)

 

インタビューを終えて

 富士インキ製造は、大手企業がひしめくインキメーカーの中で、重袋用インキで8割という圧倒的なシェアを占めています。多品種、少量生産は中小企業が生き延びる王道ですが、簡単ではありません。営業と製造担当者が印刷現場に一緒に訪問、試行試作を繰り返し、機械や季節、希釈する水質にまでこだわって納得のいく最適の製品を作り上げています。工場では、ほとんどの工程を手作業で行っている社員のみなさんの真剣な眼差しが印象的でした。

(齋藤 正広)