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第一経理ニュース

随想

本の楽しみ

 

スタビライザー株式会社
代表取締役 阿部 敏夫

p11-1

 よもやと思っていた本がいつの間にか愛読書になって手ばなせなくなることもある。ぼくの場合「伊勢物語現代詩訳」がその一冊。
 古典と言えば先ず源氏物語、或は枕草子や古今和歌集、降って松尾芭蕉など日常の対象だろうか。
 不思議なもので在原業平(ありわらのなりひら)がこんなにも魅力的だと気がついたのはこの本によってである。講談社発行の鈴木比呂志著、平成四年七月の初版。きっかけは二十年程さかのぼる。群馬県の中小企業家同友会に呼ばれて製造業の話をした折のことだった。懇親会の席で当時群馬県の代表理事をされていた橋本勝さんから知人に古典に詳しいひとがいるとのことでいただいた本がこの大部の豪華本。文学論も捨てたものではないと思ったのは地元の詩人萩原朔太郎に話が及んだからである。定価七千円の本だ。
 それでもざっと見て七、八年書棚に入れたままにしておいたのだが源氏物語の読みかけをやめて頁を開いたのが運のつき。現代詩訳とあって解り易い。息もつかせず読めたのである。
 著者の鈴木比呂志氏の「伊勢は雅びの古典(ふるふみ)」と典雅な毛筆によるサインは一層読書欲を誘(さそ)い続けるのだ。
 全編百二十五段のなかで好きなのが、先ずは二十四段、梓弓(あずさゆみ)の女―三年(みとせ)帰らぬ男(ひと)を待ち、男は帰ったのに、女は死ぬのです―

 

椿が咲いて また散って

椿が散って また咲いた

 

 韻を踏んだ名調子に心の琴線が弛む。
 そして六十三段、つくも髪の女―けじめみせぬ優しい業平とひとすじな老女の恋―
 源氏物語の手本になったとも言われる伊勢物語、想い起こしながらゆりかもめの翔ぶ黒目川の散歩道に業平小道と命名してぼくは毎日歩いている。

 

p11-2 古いと言われるかもしれないが藤沢周平の「三屋清左衛門残実録(みつやせいざえもんざんじつろく)」。初版は平成元年九月、文藝春秋からの刊行。もうあれから四半世紀が過ぎたのだ。好きな小説家を一人挙げよと言われたらちゅうちょなく藤沢周平を選ぶ。昭和四十八年第六十九回直木賞を「暗殺の年輪」で受賞以来、純文学かと思えるような透明な文体で人生の機微に迫った迫真の時代小説。多分この人の代表作は「蝉しぐれ」で一致するだろう。それでもシニアの自分にとって身につまされて切なく胸を打つ。それは江戸時代も現代も変わることなく男の生き方を投影しているからだ。定年を過ぎれば、或は社長職を退けば、責任から遠くなることが、かくも寂寥感(せきりょうかん)につつまれるものかは到達した人間だけが感ずることなのだから。
 人生の哀感と過ぎし日の充実が胸の小枝をかき鳴らす。
 実はこの本、エピソード毎に十五の短編から構成されている。どれもが面白く各編とも清冽である。なかでも「醜女」、「梅咲くころ」がいい。読後の感じが爽やかでビールが一段と美味(うま)くなる。通しで読んだ他(ほか)の各編の拾い読みは十回を超える。今もこの原稿を書きながら前記二編に読み入った。山本周五郎がそうであるように藤沢周平は読むたびに新しい。