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第一経理ニュース

我が社の原点

夢の実現がピンチに、再出発した下赤塚の看板屋さん

 

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有限会社 赤塚工芸
代表取締役 綿貫(わたぬき) 勝則 

 

 看板屋は、書き文字が書けて一人前と言われてきました。看板屋=書き文字屋だったのです。現在はパソコンの普及によりパソコンの文字を並べるだけになっています。
 綿貫社長はおやじさんの背中を見て育ちました。「看板屋って面白そう」、看板屋になるためデザインの勉強をし、すぐ赤塚工芸に入社。事業拡大の夢を持ち社長に就任。会社を引継ぐのですが・・・そこに落とし穴が。綿貫社長にお話をお伺いしました。

 

 池袋事務所 高橋 勝紀

 

  看板屋って面白そう

 

―創業はいつ頃ですか

  父が55年前に「交通宣伝」という看板の工場に勤めてそこで看板の土台を作っていました。当時は書き文字がほとんどです。ペンキで下地をつくって、書き文字をして看板を製作していました。
 未熟でしたが、独立心がつよかったこと、職人さんが近くにいたこともあり、下赤塚に建物を借りました。掘っ立て小屋みたいなところから看板屋をやるようになったのです。
 当初は看板だけでは食べてはいけないので、建物の塗装と看板の両方をやっていましたが、だんだん看板の仕事が多くなり、看板ひとつで生計を立てることになりました。

 

―看板屋さんになるきっかけをお話ください

  私は小さい頃から父の背中を見て育ち、看板屋さんって面白いな、やってみたいなと思っていました。中学生の頃からデザイン学校に進んだらよいと考えて工業高等専門学校の工業デザイン学科に進み5年間学びました。20歳で卒業してすぐ赤塚工芸に入社しました。
 父は堅物の職人だったので、融通は利かなかったけど、そういう父から看板の基本的なことを教わったことは有意義だったと思います。私から見て父の書き文字は一級品でした。

 

文字は書かない、パソコンで仕事

 

―看板の仕事内容についてお話ください

  私はデザインを勉強していたのですぐに仕事にも慣れました。最初は、ペンキで数字や文字を書けないと仕事にならないので、5年間ひたすら書き文字の練習をしていました。その甲斐あって実際に看板を書いて、お金をもらえるようになった時は凄くうれしかったです。現在、書き文字の仕事は全体の1%くらいです。店舗などのシャッターは書き文字の場合もあるし、モルタルとか、壁面のざらざらしているところは書き文字という仕事もあります。
 けれども次第にパソコンが普及してきて、実際に書かなくてもよい、カッティングマシンが出てきました。文字を切って張る作業が看板屋さんの主流になってきました。書く仕事が無くなったのです。
 私は早くマシンを導入したいと考えていましたが、父がなかなか「うん」と言わなかったのですね。私がマシンのことを何度も言うので根負けしたようです。「入れるか」と言ってくれた次の日には営業さんを呼んで、カッティングマシンを導入しました。
 現在は出力機で写真も文字もアウトプットして看板に張るというものが主流になってきています。カッティングマシンと出力機、少ないですが書き文字の仕事もあります。お客様のご要望を踏まえて、デザイナーとも協議し、看板設計から施工までできることが会社の強みです。

 

―提案型の仕事になっているのですか

  そうです。お客様はイメージとしては持っておられますが、それをどう形にしていいかわからないので打ち合わせの時点で素材や形など予算に合わせた提案をしています。現在はパソコンで合成写真ができますのでイメージを形にしてプレゼンができるようになってきました。提案型の仕事と言えます。
 以前は、手書き原稿でもらって「じゃ、この大きさで作っておきます」で済んだので現在はやるべき工程は増えています。

 

  会社を引継ぐ

 

会社の看板

会社の看板

-16年前に引継いだのでしたね

 平成12年7月に代表に就任しました。会社を引継ぐことに抵抗はありませんでした。
 父の時は1人職人さんがいて3人でやっていました。その職人さんが辞めてからは父と2人です。職人さんが10人必要な大きな仕事はできません。1人、2人でやれる仕事が限度なので、小規模な看板の仕事がほとんどでした。しかし、逆にそういう仕事は有り余るほどあります。
 そこで少しずつ会社を大きくして、その仕事をこなす若い社員を増やしていきました。当時は、仕事があるのだから若い人を雇ったら、どんどんやれば売上も上がると考えていました。

 

―先代の社長とは違う考え方だったのですね

  父はパソコンが使えないので、パネルを作ったり、作業場を掃除したり、汗水たらして働く人でした。私はエアコンの効いた事務所で一日中パソコンに向かっていました。すると父から「お前はいいな、遊んでいて」とよく言われました。私のやり方と父のやり方は、時代の流れで違っていました。

 

―理想の会社像をお話ください

  私は会社というのは、方針と方向性を決めて、社員とタッグを組んでやっていくものだと思います。私たち看板屋は「無から有を生む仕事」です。お客様のイメージ、デザイナーのイメージからものを作り出すという仕事ですから大変な苦労があります。
 また、自ら勉強していかないといけません。市場調査をするとか、新しい部材を研究するといったことは毎回欠かせません。仲間とのコミュニケーションは必須です。

 

―経営は順調でしたか

  社長就任時から考えていたことは、社員を増やして売上を大きくすることでした。営業を担当する社員と現場の施工を担当する社員で10名くらいの規模です。目標売上は3億円です。社員は順調に増えて最高7人になりました。
 営業担当する者も現場で施工する者の役割分担も出来つつありました。
 ところが現実は違っていました。
 若い社員たちは、給料以上のことはしたくない、給料がもらえればいい、時間があっても疲れたら帰る等甘えていました。
 現場からの報告も「終わりました」という報告だけ連絡を受けてそれで済ませていました。きちんとやってくれたと信用するしかありません。報告を聞いただけでお客様に請求書を出したこともありました。看板の出来について良かったのか悪かったのか把握していませんでした。私が仕事をとるため、現場に目が行き届かなかった、コミュニケーションがとれなかった、空回りしてしまったと思います。

 

倒産寸前で決断

 

 社員の増加と裏腹に実際のところ数年間は売上が伸びていませんでした。運転資金が必要ですから自己資金をだし、足りない時は金融機関やサラ金からも借入をしました。結果どんどん父から引き継いだ自己資金が目減りしていくだけでした。
 ただ、この間何もしなかったわけではありません。社員の奮起を期待していましたがどうも他人事のようでした。
 現実に資金繰りができなくなってもうこれ以上まわらないところまで追いつめられました。社員をいきなり解雇するのも忍び難いし、会社の現状について話し合いました。もう倒産寸前だと事実を述べました。社員には1ケ月半の給料を払いやめてもらいました。ただ2人だけは残ってもらいましたが、現場で施工する社員がいなくなりました。結果的に、人員整理で縮小しました。
 社長である私が会社の方向性を決めてどんな仕事をしていくのか、また社員が働く環境をつくっていかないといけなかったと思います。

 

縮小からやりなおし

 

壁面書き文字

壁面書き文字

―経営理念を掲げてやり直しをされたわけですね

 ある人から「経営理念は?」って言われたのですね。「いい仕事をしたいです」と答えると「そうじゃない、社長をやっていくには経営理念をもっていないだめだ」と言われました。
 私は経営理念を持っていませんでした。安易に人を増やせば会社は儲かるとまで考えていました。そこで自分の頭で考えました。
 「お客様のために、またそのお客様の笑顔のために、想いを創造できる会社づくり。地域ナンバーワンからスタート」を掲げました。
 自分が高い理想をもっていても、曖昧に思っていては駄目です。人間であれば高い理想をもって、それに一歩一歩進んでいくように努力する。
 私が5年後にはこうなりたいということを掲げて、何かあってもその原因を考え、対応を変えていけばいいことです。だから自分で行動していきたい。

 

―縮小後どう事業を続けられましたか 

  大体整理すると3つあります。
 まず1つめはホームページの充実です。お客様というのは、会社はどんな会社なのかホームページを検索します。そこでホームページをきちんと作って一生懸命やっている会社をアピールしました。
 平成25年にホームページを開設し昨年ぐらいから問い合わせが多くなってきました。月に1、2件と仕事が受注できるようになりました。追い付かないのでお断りを入れている状態です。
 少し工夫したことは以前の検索項目は「東京の看板製作」だったのですがホームページの業者さんと相談し「板橋の看板製作」からもヒットできるように変えてもらったことです。これが幸いにも仕事の増加という結果になりました。「板橋の」は経営理念に「地域ナンバーワン」を謳ったことからです。
 新規のお客様で多いのは、今まで使っていた看板屋さんの対応が悪いので、ホームページをみて仕事の依頼をしてくるものです。
 銀座のある内装屋さんが大きい案件を抱えていました。そばのチェーン店の看板をどうしようか、というものだったのですが、業者さんからもホームページで弊社に依頼がありました。
 2つめは建設関連の業者さんからの紹介を積極的に受けています。新規店舗を業者さんに依頼し、その後、看板をどうしようか?ということになります。看板屋さんって普通の人は取引が無いからわからないのです。
 近くの整骨院さんは、内装工事をしたけど看板屋さんは下赤塚周辺にないのかなぁと探したところ、こんな近くにあったことに驚いていました。
 3つめは展示会のブースの内装工事です。たまたま弊社は展示会をやっている会社の仕事をしていたのです。その会社の営業社員さんが当社に興味をもち転職してくれました。私1人ではとてもできないのですが、その社員がいるお蔭で展示会の仕事もできています。
 設計から施工まで行います。最近ですと大手シャッターメーカー、美術系大学などの展示会を手掛けています。
 又、出力機のオペレーターが入社してくれた事も赤塚工芸の強みになっています。パソコンのプロフェッショナルです。この3人でタッグを組んで進んでいきたいと思います。

 

書き文字

書き文字

お客様のために

 

―横のつながりを大事にしているとお聞きしましたがどういうことでしょうか

  建設関連の組合で役員をすることになりました。「なんだ、看板屋さんだったの、今度こういう案件があるけどやる?」という話をいただくようになりました。信頼関係が築かれてくると私に仕事を任せてみようと思ってもらえるようになりました。またその逆もあります。そういう横のつながりを充実させていきたいと考えています。
 また看板の屋外広告組合があります。東京にもありますが友人が埼玉の理事をやっていたので埼玉に登録しました。最近、その方が理事長になり、「理事をやってくれないか、サポートしてくれれば助かる」と説得されて引き受けました。いろいろ集まりがあります。できるだけ顔を出して、実際に同業者がどういうことをやっているか話を聞くのが私の勉強になっています。

 

―これからの目標をお聞かせください

  看板を付けることで景観が変わり、そのお店の売上にも影響します。看板を設置したことで、そのお客様が褒められるような看板作りをしていきたいです。
 当社のモットーに「良好なデザインで良好な景観をつくるために」というのがあります。それに私が携わっていけるということが、充実感でもあり、これからの目標でもあるし、毎日の糧でもあります。

 

―大変貴重なお話しをありがとうございました。

 (高橋勝紀)