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第一経理ニュース

随想

社員の想い出(2)

 

スタビライザー株式会社
代表取締役 阿部 敏夫

 

 年賀状の季節になると、ほのぼのとした気分になり今も元気かな、イヤ元気な筈だと想い出す元社員の好青年がいる。
 
 これも山形県米沢市の隣町に出来た地方工場の話。

 赤湯温泉で名高い南陽高校卒業予定のF君が入社したいと応募してきた。この年は採用したくなかった。前の年に農業高校の電算科を卒業したY君を育てられなかったからである。
 Y君を採用して東京電機大学の専門部に夜間2年間、通学させることにした。これが失敗。神田の校舎までの通学を思い退社は4時半にして定時退社の午後5時扱いにした。学費は全額会社負担。その他にアパートを借り上げの社員寮など。結果は残念で微苦いものだった。あの真面目で努力家のY君は途中で失敗する。専門部の教務課から電話があり欠席が続いているので卒業させられないとのこと。
 善意は時に残酷な結果をまねく。先輩社員に励まされ、会社からは例外的な優遇措置を得て、本人は、それが負担だったのだろう。山形の工場に戻ることを希望したY君は半年後に退職する。希望の星が流れて消えたのだった。

 そこでF君の話。Y君の前例があるので普通高校卒は採用したくなかった。どうせ又教育に時間がかかるのだ。それなら工業高校の電気科か大学の工学部卒が新卒採用の条件と心に決めていた。
 案に相違してF君は色白で背の高い好青年である。出身校には採用予定を出していない。町役場勤務のお父さんから当社のことを聞いたという。
 改めてF君の両親と、本人を外して面接した。今時親と面接する会社などあるのだろうか。でも向こうの希望なのだ。

母親は偉い

 母親は有弁だった、父親は黙って、うなずいているだけだ。これだけ自分の息子に自信をもてる母親はそういないのではないか。
 彼女は私にこう言ったのだ。うちの息子は真面目である。そして野球部員である。山形県の甲子園を目指す高校野球大会では、いつも一回戦で負ける。上手な選手は2年生でレギュラーになる。うちの息子は3年生で補欠にもなれないで下級生の球拾いを嫌がらず、3年間野球部の愚痴を一度も言ったことがない。だからどんなことがあっても会社を嫌いになることはない。多弁である。そして能弁である。父親は、やはり黙って聞いている。
 私はこの手の女性に弱い、論理に説得力がある、彼女の熱意に較べれば私の決意など軽いものだ。採用することにした。母親のせいである。

 町の駅からF君と私は一緒に東京に向かった。駅舎には彼の同級生が何人も見送りに来ていた。彼は元気に手を振っていた。
 F君も又電機大学の専門部に同じように通う。まもなく卒業だなと思っている頃、同じように教務課から電話がきた。このままでは卒業出来ないと言う。原因を聞くと出席はいいのだが実験リポートが未提出とのこと。
 先輩社員は偉い。直属の製造課長と技術部長は夜中まで手伝いながら一週間でリポートを提出させる。F君は東京電機大学の専門部を卒業した。3年間を東京の工場で製造を勉強して山形の工場に戻る彼に上司が聞いた。何か会社に不満は無かったか。有ります。寮が埼玉県新座市だったこと。私は皆んなに田舎を出る時、東京は練馬区の会社に就職すると言ったのに年賀状の宛先が埼玉県だったこと。ちなみに寮と練馬区西大泉の会社は自転車で5分。徒歩で15分である。10年間在席した彼はその後退職する。
 見送ってくれた仲間達に東京の立派(?)な会社に就職すると自慢した彼。そう言えば若い女性も駅で手を振っていた。

 60年も前、同じ思いで山形駅をあとにした私には、よく解る。米沢駅を過ぎ県境の栗子峠を越えて上京した時の希望に満ちた少し切ない想い出。