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第一経理ニュース

随想

社員の思い出④

 

スタビライザー株式会社
代表取締役 阿部 敏夫

 

 社長!と大きな声で呼びかけられ驚いて振り向くと佐野美矢子さんである。
 練馬区立西大泉地区々民館そばでのこと。「社長どちらまで」と問われるので西武池袋線の保谷(ほうや)駅と答えた。じゃ乗っていきません?
 普通の人なら乗用車と思う筈。違うのである。彼女の運転していたのは50ccのバイク、カブ。本人はヘルメットを付けているが後席に乗れと言う私にはない。第一このバイクは二人乗り禁止の筈である。いくら通り道だから送ると言われても流石(さすが)に躊躇(ちゅうちょ)した。第一いい大人が中年の女性が運転するバイクに乗るだろうか。田舎の不便な場所なら、やむをえないこともあるだろう。午前中だし近所の人の目もある。それに75kgを超える私を乗せてヒックリ返らないだろうか?
 勇気を奮って乗ったのである。気分は高倉健。まるで任侠の世界だ。十分もたたずに駅前に着いた。礼を言い立話をして別れる。

 彼女が会社に在籍していたのは約10年間。平成はじめの頃、突然来客があるとのことで応接室に案内すると当社で働きたいと言う。
 近所のオバさんだったのである。三、四人規模の会社をご主人が経営して経理や総務の仕事をしていたのだが仕事が減って自分の手が空く。アルバイトでもとのことなので即決にした。当時、彼女は30歳をこえていた筈だがよく働いた。
 一年も経たないうちに「正社員にして欲しい」。
 正社員になりたい理由を聞いた。アルバイトで、この会社に来るようになって間もなく自分の母親が亡くなった。その時社長は、お通夜と告別式、両方に参列してくれた。忙しい筈なのに嬉しかった。と涙ぐむのだ。このようなことを書くのは私も照れくさいのだが、彼女は何としても、この会社の正社員になりたいと、主人の許可を得たのだった。

 数年後、会社の日帰り旅行は千葉のマザー牧場。突然の雨、15人程の社員は一斉(いっせい)に軒下めがけて走りだす。
 私は慌(あわ)てて雨具を取りだして着用し雨宿りをする。p7

  行事の終了後、彼女は私に不満げに文句を言ったのだ。

 「社長は雨位で慌てて合羽を着たり、傘をさしたりしないで下さい。イメージが壊れます。」
 何も雨の日に傘をさすなと言うのではないらしい。自分達のリーダーが些細なことで慌てるのを見たくないのだという。
 三人在籍の女子社員の中で責任者である彼女の発言は重い。柴又の寅さんではないが格好を付けるべき期待は意外なところで待ち受けていたのである。
 何か社員から見た理想の社長像は、経営の内容だけではなく思わぬところにもあったのだ。
 それでもリーダーは部下に育てられる部分もある具体的な一面。
 ご主人の会社の都合で、退職せざるを得なくなった彼女。外見は地味で化粧は目立たない。それでも服装は質のいいのを選んでいた。
 「社長パソコン教えてあげるから」。落ちついた仕事振りに全く心配のいらない経理の責任者。
 しばらく顔を見ていないのだが又バイクで誘われたらどうしよう。退職して10年以上もたつのに心に薄化粧をして、いつも会社のことを気にかけていた佐野美矢子さん。