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第一経理ニュース

随想

黒目川慕情f_floral191

 

スタビライザー株式会社
代表取締役 阿部 敏夫


 この川には人生がある。そして歴史も。朝霞市の膝折三丁目から新座市片山一丁目にかけて、もうどれ程の距離を歩いたのだろう。川辺りの遊歩道が年々整備されて、特に橋の下が歩きやすくなったのだ。
 朝霞警察を過ぎてすぐの川越街道下の黒目川沿いに、「どろんこ保育園」がある。都会には少なくなった、裸足で子供達が遊んでいる。広緑風の大きな木のテラスにはそのまま素足であがるのだ。保育士さんは大変だろうが子供達の喜びようを見ていると自然のままは、いいなと思ってしまう。囲いの中には山羊(やぎ)が二匹いて近づくとエサを欲しさに寄ってくる。野草を採ってさしのべると嬉しそうに喰べる。何とも眼が優しい。
 少し歩くとホタルを飼育している施設がある。いつかこの清流を乱舞する蛍を想像しながら足を上流に向ける。


   業平小道(なりひらこみち) その後  

   寒い日には「都鳥」がみられる。

   名にし負はばいざこと問はむ都鳥  
   わが思ふ人はありやなしやと

 

 あの在原業平(ありわらのなりひら)が伊勢物語のなかで、切なく京の想い人をうたった有名な和歌。と此の欄で紹介したのは「春色黒目川」随想No52 2013年4月号のことである。
 そして勝手に命名した私の散歩道、業平小道を今日も歩いている。

 市場坂橋近辺は、この道の白眉(はくび)と言ってよい。春は桜が眼をふさぐ。
 とりわけ白く優美な吊り橋「市場坂橋」は見飽きることがなく遠景又よく近景も。と言うべきか。すぐそばに湧水が整備され木道が出来ている。いつか弁当とビールを持って遠足気分でこようと思うのだが自宅から近すぎて未だ実現していない。
 江戸時代も末期、この湧水の沢の音が妙(た)えなることから「妙音沢(みょうおんさわ)」と称して小さな観光地でもあったとか。案内板のルビがサワであったりザワと濁ったりで落ち着かない。最近はNHKでも濁音は少なくなり時代は動いていると妙なところで感心している。
 桜の新種が見つかったとテレビでも放映された「ミヨウオンサワハタサクラ」はここにある。ソメイヨシノが桃色気味なのに比較し素っ気ない白い花弁である。

  対岸には新座市立第三中学校があり自治会の回覧板で「新座三中だより」を読んだ。校長の隠塚輝明先生が書いておられる。
 中学生の男の子を持つ父親の作文が資料。
 息子が所属するサッカー部が埼玉県代表として全国大会に出場することになった。
 「すごいな。ところでおまえのポジションは?」と聞いたところ「俺は球拾いさ」と。返され、少々がっかりした。
 12番はどのチームにもいる。12番は12番なりの役割があるんだ。俺はいつでも出場できるように準備をし、そして、水くみでも、タオル出しでも、レギュラーのためにやる。12番は俺の勲章だ。自分の息子がサッカーを通して必死に勉強していることに気づかされ、その作文の文字がかすんで揺れた。
 息子が書いた「背番号12」というサッカー部通信。
 はからずも無着成恭さんの「つづりかた教室」を想いだした。それにしてもこれを採りあげた校長先生の感性は素晴らしい。
 そういえば私の二人の孫の出身校でもある。
 もう少し歩くと何とも古典的な名前の「馬喰橋(ばくろうばし)」がある。
 いいナ。この名前。私が子供の頃、郷里の山形県山辺町に馬喰を職業にしている人が町内に居た。本来、馬の売り買いをする職業である。今では北海道にでもあるのだろうか。現代の自動車販売業のようなもので羽振りが良かったのを覚えている。
 感慨を込めて、この橋を渡る。藤沢周平に「橋ものがたり」があって、橋を渡ることは別の世界に行くことだと胸をときめかす。「君の名は」は有楽町の数寄屋橋を全国に広めた。私は何度も馬喰橋を渡っているのだが何事も起きずに歳月だけが過ぎて行く。

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f_floral190 この稿も今回が最後です。ながくご愛読いただいた皆様と掲載にお骨折をいただいた関係各位に深く感謝しペンを置きます。