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第一経理ニュース

随想  No.26

映画の想い出(Ⅴ)

スタビライザー株式会社 代表取締役 阿部 敏夫

拍手が鳴りやまなかったのである。それはオーケストラの名演奏会でもなければ、芝居に酔いしれた訳でもない。映画が終って客席が明るくなった時だった。
昨年、十二月二十五日(土)観たい映画のために休日なのに早起きをした。池袋の新文芸座で上映の二本だて旧作を待ち焦がれていたせいだ。「昭和残侠伝」、「昭和残侠伝 死んで貰います」の二本。さらば二枚目スター、池部良さんお別れ上映会と銘うって日替わりの上映である。
九時四十五分から一本目が上映された。もちろん主役は高倉健、三田佳子、菅原謙次、松方弘樹が共演。敗戦で焼野原の浅草を舞台に任侠映画の必然を描いてこのシリーズ最初の映画である。皆さん若い。池部良は主役を助けて最後は討ち入りで死ぬ。着流しがいい。
次が「昭和残侠伝 死んで貰います」。このシリーズの最高傑作と評価の高い作品である。池部良が髪の脇を短く刈りあげてそれまでとは違ったヘヤースタイルで登場する。
この種の映画の常で筋書きは単純である。よく言えば様式美の世界。主役の高倉健は料亭の跡取りだが背中に刺青(いれずみ)を背負って花田秀次郎役。難儀を見守り苦労する板前頭が池部良。男前なのである。もちろん両方が。それでも此の作品では風間重吉役の池部に分がある。我慢に我慢を重ねてヤクザの無法に耐えた秀次郎の我慢の紐が切れる。手をあげた秀次郎を風間が張りとばす。そうなのだ。義経と追手を逃れる弁慶が安宅(あたか)の関でみせた、主人に折檻をする歌舞伎の名場面。この映画を名作と言わせたシーンの一つではなかったのか。池部良が高倉健を喰ったシーンは他にもある。独りで行くとヤクザの本拠に向う高倉健にスッと寄りそい「ご一緒させていただきます」とささやく池部良の名セリフ。
この作品は一九七〇年東映の看板だった。監督、マキノ雅弘、共演、中村竹弥、藤純子、小林稔侍。その頃、私の仕事場が高田馬場の早稲田大学のそばにあった。土曜日の夜にはオールナイトの二本だてでいつも地元の映画館は学生で一杯だった。仕事の合い間を縫って、よく観たのである。学生運動が華やかな時代であった。穴八幡の脇を通り駅前の映画館は雑然とした熱気があって、今想えば懐かしい限りだ。映画館を出る時に若者は皆、ヤクザのように肩を怒らして出てくるのだった。この作品は九作を数えるシリーズの最高傑作と言われた。大泉には東映の撮影所があってその関係者が大勢いる。暮れの二十八日誘われて参加した「練馬情判会」で、この話をしたら東映撮影所・元所長の幸田清さんにその映画は此処で撮ったんだよ、傘をさして並んで行く作品かと言われて縁を感じたりもした。
それにしても池部良、高倉健、菅原文太とヤクザ映画の主役級に名文家が多いのはどうしたことだろう。池部良はエッセイストとして著作も多いし、高倉健も然り、菅原文太の文章も非常にうまい。仙台の高校時代に新聞部で活躍していたのは有名な話である。
凄惨な役柄で、ひんしゅくを買う人達が実際は知性豊かな役者であることは人生の妙と言えなくもない。伝聞によれば池部良の昭和残侠伝出演について有名菓子メーカーの社長の縁につながる奥様が猛反対した。出演依頼の決めゼリフは「高倉健を男にしてやってくれ」とのこと。毎回結末に死ぬ約束で任侠映画のスターになっていく。誰ですか、自分も言われてみたいなどと言う方は。