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第一経理ニュース

随想 No.30

映画の楽しみ(2)

 
スタビライザー株式会社 
代表取締役 阿部 敏夫

  殺人も又悲哀に色どられてもの悲しい。横浜を舞台に足を洗えなかったヤクザの物語。

 「冬の華」は監督の降旗康男よりも倉本聰の脚本で封切り当時話題になった東映の作品である。この五月一日、朝霞の図書館で涙をこぼしながら観た。市立図書館のシネマライブラリーは旧作の名画を企画してシニアに評判がいゝ。

 主役の加納秀次を高倉健、殺害した松岡幸太郎(池部良)の娘が浜辺で風車を手に駆け廻っていたのが三才、旭川刑務所に服役中から十五年、ブラジルの伯父さんと偽って仕送りを続け成長を楽しみに出所する。女子高生に成長した洋子役が池上季美子。何とも初々しい。それにしても今想えば贅沢なキャストである。田中邦衛、藤田進、北大路欣也、夏八木勲、大滝秀治、倍賞美津子、小林稔侍をはじめとして当時の東映ヤクザ映画の常連で芸達者がズラリと並ぶ。

 そして音楽はクロード・チアリ。泣かせるのである。繰り返し胸にひびく弦の調べとチャイコフスキーのピアノ協奏曲が場面を盛りあげる。横浜馬車道にそう言えばクラシック喫茶店があった筈だと想わせるところが何ともいゝ。一瞬にして一昔もふた昔も過去を引き寄せて観客の人生に迫るのだ。それは少し媚びているようにも聞こえるのだが、この映画の売りでもある。音楽は麻薬と言ったのはジャン・コクトーだったろうか。イヤ間違いない。その筈だ。官能の奥深いところで心を痺れさせる。

 昭和残侠伝や菅原文太の仁義なき戦いシリーズと違って最初から純文学作品に挑戦したような雰囲気を持った作品と言えば解り易いだろうか。

 この映画には忘れられないシーンが幾つかあって、高倉健が出所後、チンピラを痛めつけて、身をひそめる小料理屋が足を洗った小林稔侍の店。白木のカウンターの奧に坐る本人の前に身内の舎弟分が守って腰をおろす。そっと稔侍が刺身包丁を渡す。記憶に錆が浮くと想ったのは、このシーンである。直接高倉健に短刀(ドス)替りの包丁を渡したとばっかり思い込んでいたのだが、そうではなかった。仲間に手渡していたのである。

 それでもこの映画は魅力に満ち溢れている。高倉健の腰の位置は高いところにあるし、何よりヘリンボンのツイードが恐ろしく似合っている。グレーがかった上着を三度着替えているのだが同系色のために一着で済ませたかのように見える。Yシャツに黒っぽいネクタイで、まるで中間管理職のサラリーマンのようにマナーがいゝのだ。そして、チンピラとのアクションシーンでは、その前年の名作「幸福の黄色いハンカチ」と同じように俊敏な身体の動きを見せる。アクションシーンの少なさは仁侠映画からの脱皮を感じさせる。昭和52年度はキネマ旬報一位の同作品と四位の「八甲田山」に主演して気を吐く。そして翌昭和53年「冬の華」は第一回日本映画アカデミー賞主演男優賞を獲得しキネマ旬報ベスト10の八位に記録される。

 あきらかに俳優の巾を広げているのだ。男は40才を越えてからがいゝ。親分、藤田進にシャガールはいゝなと言わせてヤクザの知性を垣間みせたりする。

 監督はもとより脚本次第でも仁侠映画で望み得る一つの到達点を示した作品と言える。山下公園をはじめ横浜がこんなに美しかったシーンは、かつてない。男の感性を刺激して限りない哀愁を呼ぶ映画。